秋田
最近買った日本酒が、郷里秋田の大館市の酒だった。 「北鹿」という酒造会社の、特別純米「北秋田」である。 もちろん、秋田県産米100%使用となっていた。 大館といったら「北鹿」くらいしか、酒造会社が思い浮かばない。 大館は、一応城下町である。 江戸時…
先日、サンドイッチマンについての文章を書いたときに、「東北には、けなす文化はない」と書いた。 あとになって、ほんとにそれでよかったのか、とちょっと心配になった。 私が、秋田で暮らしていたのは18才までである。 思い込みとか、勘違いがあるんじゃな…
私の郷里の大館市には、北鹿新聞社という新聞社がある。 私の子どもの頃、目にする新聞といえば「秋田魁新報」と「北鹿新聞」だった。 読売新聞、朝日新聞、毎日新聞などは、ほとんど見たことがなかったと思う。 業界紙などをのぞいた、いわゆる一般紙は、発…
「 一日に玄米四合と 味噌と少しの野菜を食べ」 宮澤賢治は、「アメニモマケズ」で、こう書いた。 一日に玄米四合は、今の感覚ではかなり多い。 でも、きつい農作業のためには、それくらいは必要だったろう。 あとは、味噌汁と畑でとれた野菜である。 「一汁…
桜も散って、そろそろ入学式の時期が近づいてきた。 私は、先日書いたように小学校と中学校の併設校で育ってきた。 入学式も卒業式も、小学校中学校の合同でやっていた。 卒業式では、だいたいどこの学校も「呼びかけ」というのをやってると思う。 私の学校…
先日、「私にとっての恩師」を書いた時に、先生はザリガニの研究者で秋田県北部がその生息の北限である、と書いた。 うろ覚えで、書いてしまったのだが、間違いだった。 正確には、ただのザリガニではなく「ニホンザリガニ」で、しかも「北限」ではなく「南…
このブログをはじめるにあたって、「晴耕雨読」という言葉を選んだ。 なぜ「晴耕雨読」なのか。 この言葉は、かつての私にとって、理想的な生活に思えた。 毎朝、同じ時刻に出かける生活を繰り返していた勤め人であるわたしにとっては、天気が良ければ外に出…