晴耕雨読    趣味と生活の覚書

  1953年秋田県生まれ。趣味は、山、本、音楽、PC、その他。硬化しつつある頭を柔軟にすべく、思いつくことをなんでも書いています。あわせて、江戸時代後期の紀行家菅江真澄の原文テキストを載せていきます。

自分のこと

馬蹄の話

馬蹄形ということばがある。 だいたいが、馬のひづめの形。Uをひっくり返した形。みたいに説明している。 その形をしている具体的なものとしては、蹄鉄(ていてつ)というものになる。主に、馬のひづめを保護するために装着するU字型の保護具となっている。 今…

3D映像の故郷

生まれた育った村を離れてから、50年くらいになる。 でも、何年かに一度は帰っている。 姉のところに遊びに家族を連れて行ったこともある。 親戚の葬儀とかで帰ることが多かったかな。 今年も、2月に、伯母さんの葬儀で帰った。 夜行バスで朝着いて、レンタ…

森林鉄道の時代

人間の記憶は、他の何かと細い糸で繋がっているようだ。 ひとつ引っ張り出すと、それに繋がった何かも引っ張られて姿を現す。 ものごとは、常に他のなにかと繋がっている。 記憶の奥底に積もっていたものが、何かを思い出そうとした途端に動き出す。 先日、…

マクワウリとメロン

今年は、天候不順のため洗濯物が乾かず、コインランドリーによく通った。自宅から車で10分ほどのところに行っていた。そこは、駐車場が広く止めやすいので、舗装が一部分しかされておらず中途半端だが気に入っていた。 裏は、鬱蒼とした森で、横はかつては畑…

父と母のこと

誰でも、自分の両親のことをそんなに知ってるわけではないと思う。私も、父と母の若い頃の話はあまり聞いたことがない。何かの折に、話していたことを断片的に覚えているだけである。 今年、2月に母の長姉が亡くなり葬儀のために秋田に帰った。これで、父と…

インプット アウトプット

お父さんは、本を読んだり、パソコンしたり、 インプットしてるのしか見たことないけど、 このブログはアウトプットなのかな。 みたいなことを、ブログを読んでくれた長男に言われた。 ああ、そういうことなのかな、と思った。 文系の私と違って、理系の長男…

善九郎物語

数年前に、秋田にある父の実家の当主だった伯父さんが亡くなった。伯父さんの父親は、私の父親の長兄だったが、末子だった父とは親子ほど年齢が離れていた。だから、正確には、私にとっては伯父さんではなく、従兄である。 伯父さんは、「善九郎物語」という…

長持唄

私には、5歳上の姉と2歳上の姉がいる。 上の姉は、私がまだ秋田にいる頃に、隣村にお嫁に行った。 その頃は、自宅で結婚式をしていた。 嫁入り先から迎えが来て、それから迎えの一人が「長持唄」を唄った。そして、姉は、たぶん馬車に乗って嫁入り先に行っ…

雪国で育った私が体験したこと

何日か前に、十勝岳が雪景色だと、ニュースでやっていた。十勝連峰なら、若い頃に縦走したことがある。夏だったけど。 北海道は、冬に突入なんだな。半年近い冬の始まりだ。 そこで、雪国で育った私が体験したことを思い出してみた。 別世界みたいだけど、ホ…

歴史を遡る

たいていの歴史の教科書は、はるか昔から始まって、現代に至る。 私の体験で考えると、日本史の授業は、中学校でも高校でも現代までたどり着いていない。 だいたい、昭和の途中で年度終了だった。 こんなことを言うと、いろいろと差し支えがありそうだが、も…

樽づくりを見る

小さいころ、おじいちゃんが樽をつくるのを見ていた記憶がある。 母屋の隣にある薪小屋で、おじいちゃんは座って樽をつくっていた。 わたしは、ずっとそれを見ていた。 スギかなんかの木材を細長い長方形にしたのを、何枚もつくりそれをさらに削って曲面をつ…

表か裏か

表日本と裏日本ということばがあった。 教科書でも、使われていたような気がする。 いつのまにか、使われなくなった。 太平洋側と日本海側になっている。 辞書を調べてみると。 おもては、物事の、人の目にふれる部分。また、二面ある物事のうちで、人目につ…

散髪してすっきり

ひさびさに、散髪してすっきりした。 もともとが、床屋が苦手でずるずる先延ばしをしている。コロナで、さらにのびのびになっていた。 さすがに、自分でも頭が鬱陶しくて行った。 子どもの頃から、そうだったな。おふくろに、何回も何回も言われてからやっと…

アルバイトの話

私の初めてのアルバイトは、大学一年生の夏休みだと思っていたのだが、よく考えたらそうではなかった。小学生の時にヤクルトおばさんならぬ、ヤクルト少年をやっていた。三十数軒の小さな村の、10軒くらいにヤクルトを配達してた。たぶん、15分か20分く…

崖の上のヤギ

この夏、京成電車の線路沿いの急斜面で生活していたヤギが話題になった。8月11日に捕獲され、3ヶ月の崖での生活を終えた。コンクリート製の擁壁で、平らな足場になる箇所が多くあったのは確かだが、かなりの急斜面でそこをスイスイと器用に移動していた…

出身地鑑定!! 方言となまり

「出身地鑑定!!方言チャート47 〜都道府県バージョン〜」というサイトがあった。Japan Knowledge という、辞書検索サイトの中にある。 質問 翌日、家に不在の時、「明日、家におらん」と言うことがありますか?」 はい いいえ というような、質問が10問ほ…

自分のこと

自分がどういう人か、考えてみるとまったく分からなくなる。 自分がいったい何者であるのか。 何十年も、自分と付き合ってきたはずであるが、なかなかことばにできるものではない。 自分が、ひとからどういうひとであると思われているか。 このほうが、すこ…

朝のコーヒー

On Your Mark coffee 今朝は、コーヒー豆を挽いていた。コーヒー・ミルは息子たちが、小学生中学生の頃に父の日にプレゼントにくれたもので、年季が入っている。コーヒー豆は、長男が焙煎してくれたもので、かなり以前から継続してやっている。学生時代にコ…

活字を拾う

「銀河鉄道の夜」第二章は「活版所」のシーンである。 ジョバンニは、そこで活字拾いのアルバイトをしている。 「これだけ拾ってゆけるかね。」と言われ、紙切れを渡される。 拾った活字をいっぱい入れた平たい箱を渡して、小さな銀貨を受け取る。 私は、高…

保育の日

きのうは、保育の日だった。 同じ市内に住む長男夫婦のところの4歳の孫娘を、一日預かった。保育園が休みの日曜祝日に、夫婦とも出勤の日が、月に2、3回ある。 夫婦ともに、365日シフト制の職場なので、そうなってしまう。コロナ禍で、保育園が休園になっ…

南部せんべい

ときどき、無性に「南部せんべい」が食べたくなる。 草加せんべいの類いなら、妻が無類のせんべい好きなので、いつも各種揃っている。おかきやソフトせんべいのようなものもある。 私は、秋田県北東部で育った。せんべいと言えば、南部せんべいだった。ピー…

野生の果実

果物のおいしい季節である。子どものころに、お気に入りだった野生の果実は、どこのお店でも売っていない。 ① ぐみ (茱萸 Silberberry) 実は、楕円形でさくらんぼに似ているかな。でも、まん丸の種類もあった。大きさは、1、2cmくらい。熟すと赤くなり、酸味…

昆虫記

夏の終わりの今頃になると、毎年玄関先にセミやコガネムシの死骸がいっぱいころがっている。ひっくり返っているので片付けようと手を延ばすと、突然バタバタと動き出して驚かされる。 低層のこじんまりした集合住宅が何棟かある住宅地で、樹木が多いのだ。鳥…

夜行高速バス

今年、2月郷里の秋田に帰った。 コロナ禍だったが、まだそれほど深刻ではなかった。夜行高速バスなので、少し躊躇はしたが、睡眠中もマスクはして、無事行って帰って来た。 ジュピター号に乗るのは何回目だろうか。 ジュピター号は、国際興業バスと秋北バス…

昭和28年

私は、昭和28年に生まれた。 今年の誕生日で、67歳になる。 そのことについて、最近強く思うことがある。 生まれたのは、終戦から、十年経っていなかったんだ。終戦は、わずか八年前なんだ。不思議な感じがする。 しかし、育ってきた環境のなかで、戦争の傷…

父と山

父は山師だった。 山師ということばはいくつかの意味で使われている。 1 鉱脈の発見・鑑定や鉱石の採掘事業を行う人。 2 山林の買付けや伐採を請け負う人 3 投機的な事業でおおもうけをねらう人。投機師。 4 詐欺師。いかさま師。 (デジタル大辞泉) 父は、2…

自己紹介です

1953年、秋田県北部の白神山地東部にある田代岳(1178m)の麓の田代町(現大館市)の農村で生まれ育ちました。田圃の真ん中にある農家で、夏はカエルの鳴き声がうるさいくらいで、田圃のうえをホタルがいっぱい飛んでいました。 高校生のときに、近くの大館…

「晴耕雨読」というブログ

このブログをはじめるにあたって、「晴耕雨読」という言葉を選んだ。 なぜ「晴耕雨読」なのか。 この言葉は、かつての私にとって、理想的な生活に思えた。 毎朝、同じ時刻に出かける生活を繰り返していた勤め人であるわたしにとっては、天気が良ければ外に出…