晴耕雨読    趣味と生活の覚書

  1953年秋田県生まれ。趣味は、山、本、音楽、PC、その他。硬化しつつある頭を柔軟にすべく、思いつくことをなんでも書いています。あわせて、江戸時代後期の紀行家菅江真澄の原文テキストを載せていきます。

ホセ・フェリシアーノ Jose Feliciano

昨年レコードを処分した際に、内訳を知らせるように引き取り業者から連絡がありアーチストごとの枚数を調べた。

200枚近いレコードのうち、もっと多いのがホセ・フェリシアーノで、20枚もあった。

高校2年の時に初めて買ったレコードの1枚が、ホセ・フェリシアーノだったのはよく覚えている。

「10 to 23」というアルバムで、ケースが真っ白で彼の姿が浮き彫りになっている印象的なものだった。

10が彼が人前で歌い始めた年齢で、23が当時の年齢らしい。

ホセ・フェリシアーノプエルト・リコ出身のギタリストであり、歌手である。

そのころ、「Rain 雨のささやき」が、日本でもヒットして私はとても好きになっていた。

彼は、生後すぐに失明している。

彼のアコースティック・ギターはとても技巧的で躍動感があり、歌はかなり個性的でクセが強いものだった。

プエルト・リコ出身なのでスペイン語の曲も多く、スペイン語圏でも人気がある。

彼の最初の大きなヒット曲は、1998年の「Light My Fire ハートに火をつけて」であるが、これは Doors のカバー曲だが、彼が歌うと全くの別物になっていた。

この年に、グラミー賞の最優秀新人賞を受賞している。

日本では、「Che Sara ケ・サラ」というサンレモ音楽祭の参加曲が、岩谷時子さんの訳詞でよく歌われた。

聞けば、あああれか、と思うだろう。

「Feliz Navidad フェリス・ナビダッド」という曲は、最も聴かれるクリスマス曲のうちのひとつだそうだ。

1972年から進学のため横浜に住んでいた。

ホセ・フェリシアーノはこの頃、毎年コンサートのために来日していた。

新宿厚生年金会館のコンサートに2、3回行った記憶がある。

ディスコグラフィを見ると、私がレコードを買っていたのは、1983年まで。

その後、1986年くらいまでは、毎年レコードが出ていたが以後ぐっと減ってしまう。

私は、子育ての時代になり、世の中もレコードからCDに移っていく。

しばらく、来日はなかったが、2014年から、毎年来日公演をしている。

Blue Note Tokyo で、3回の公演が定番みたいだ。

 

初めて彼のレコードを買った時、他にも3枚買った。

臨時収入があったので、小さなレコード・プレーヤーも一緒に。

Stevie Wonder  「Super Deluxe」

スーパースターになる前のStevie Wonder

 キーボードではなく、ハーモニカを吹いていた若い頃、すばらしい曲がいっぱいだ。

長谷川きよし 「一人ぼっちの詩」

「別れのサンバ」「孤独の炎」「一人ぼっちの詩」など、硬質な声とギターがいい。

Creedence Clearwater Revival  「Willie And Poor Boys」

信用 清水 復興 不思議なバンド名

ブルースとカントリーをベースにしたサウンドと骨太なジョン・フォガティの歌。

1番好きなロックバンドだった。

後で気がついたが、4組のうち3人は盲目だった。

 

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