晴耕雨読    趣味と生活の覚書

  1953年秋田県生まれ。趣味は、山、本、音楽、PC、その他。硬化しつつある頭を柔軟にすべく、思いつくことをなんでも書いています。あわせて、江戸時代後期の紀行家菅江真澄の原文テキストを載せていきます。

サイクリング 江戸川〜利根運河〜利根川

朝から、天気は今ひとつだった。雲が多くて、青空は、あまり見えない。

昨日までは、ずうっといい天気だったのに。

そんなに、寒そうでもないので出かけることにした。

先日自転車で利根川の土手に出かけ時に気が付いた、利根川と江戸川を繋ぐ利根運河にサイクリングコースがあるのが、気になってしょうがなかった。

そこを使えば、江戸川、利根運河利根川と、ぐるっとまわってこれる。

今日は、ためしにちょっと様子を見て来ようと思う。

 

とりあえずは、江戸川東岸の流山橋を目指す。

いつものように、旧水戸街道、根木内で国道6号を渡り、北小金でJR常磐線を越える。

本土寺参道を横切り、流山方面に向かう。

総武流山電鉄平和台駅の踏切を渡ると、流山街道である。

流山街道は、よく使うので知ってるが、野田方面はずっと行くと関宿に出て橋を渡ると、茨城県の境町につながるのは知っている。

起点は、松戸からだと思うがどの辺から始まるのだろうか。

流山街道を渡れば、江戸川の土手はもうすぐだ。

今日は、利根運河方面に向かうので、流山橋からだいぶ離れたところで土手に上がった。

「海から28km」の表示板があるところから出発する。

 

f:id:seiko_udoku:20210106085227j:plain

江戸川土手より三郷方面を望む

江戸川東岸を北上するのは、久しぶりだった。

以前にはなかった巨大な物流倉庫が2棟もできていた。

考えてみれば、常磐自動車道の流山インターのすぐ近くである。

さらに、利根運河方面にすすむと、やはり物流倉庫らしきものが建設中で、巨大なクレーンがいくつも立っていた。

f:id:seiko_udoku:20210106085351j:plain

巨大クレーン

利根運河と江戸川の接合部の近くに、休憩用の東屋があったので、ひと休みする。

 

ここから、運河の土手にある遊歩道を東に進む。車やバイクは進入禁止である。

 

しかし、いちおう舗装されているが、表面は小石をセメントで固めた感じで、ゴツゴツして自転車で走るのは難しい。ゆっくり進むしかない。

利根運河は、明治時代に作られた人工運河である。全長8.5kmで、野田市流山市柏市の境界に沿っている。

運河が作られた頃は、水運が物流の中心だった時代である。銚子から船で利根川をさかのぼってきた船は関宿で、江戸川に入って東京に下っていく。

木下で荷を下ろし、木下街道で船橋を経由して陸送するという方法もあるが、いずれにしても日数もかなりかかってしまう。

利根運河によって、かなりのショートカットになったと思う。

しかし、常磐線東武野田線などの鉄道網が整備されて、利根運河が活躍できる時代は長くはなかった。

運河が境界線かと思っていたが、地図を見ると、運河自体はほとんど流山市柏市の領域にある。

人工運河ではあるが、それなりに河川敷も作られている。

f:id:seiko_udoku:20210106085631j:plain

利根運河

運河の真ん中あたりを、流山街道と東武野田線が通っている。東武野田線は、東武アーバンパークラインというのが正しいらしい。

f:id:seiko_udoku:20210106091602j:plain

蔵元 窪田酒造

土手のそばに、老舗の割烹のお店があった。向こう岸には、日本酒の醸造蔵元が見える。

こんど、ゆっくり来よう。

 

運河駅は、東京理科大学の最寄駅であり、賑やかだ。その周辺の河川敷は、運河水辺公園になっており、遊歩道や歩行者用の横断橋も整理されていた。

餌づけをしているのか、鴨がたくさんいて、小さい子どもを連れた家族が散歩をしていた。

f:id:seiko_udoku:20210106091654j:plain

鴨が集まっている

 

f:id:seiko_udoku:20210106091807j:plain

なぜか氷が しみ出た水が凍ったのかな

運河駅を過ぎて行くと、柏市に入る。

土手の道も、普通のアスファルト舗装になり、柏市サイクリング道路の表示があった。

 

f:id:seiko_udoku:20210106101311j:plain

運河の外側の風景も、奥深い野山という感じで、どこに迷い込んだのだろう、と思ってしまう。

f:id:seiko_udoku:20210106101336j:plain

そのうちに、運河の流れは遠くなるが、土手は続いている。

突然、「海から95.5km」の看板が現れる。銚子の海からということだ。

いつのまにか、利根川の土手になっていた。

利根運河利根川の接合部は、広い河川敷になっていて、何がどうなってるのかわからない。

f:id:seiko_udoku:20210106101437j:plain

対岸は茨城県

常磐自動車道が見えてくる。

その後を走っているのは、ツクバ・エキスプレスである。

この橋に近づいたところで、ようやく利根川の水面が見えてくる。

f:id:seiko_udoku:20210106101529j:plain

右手には、柏の葉の高層ビルが何棟も集まっている。

f:id:seiko_udoku:20210106103100j:plain

柏の葉の高層ビル

第一の堤防である土手の上から、対岸の茨城県側の土手を見ると、かなり遠い。

何100メートルかの河川敷が両側にある。

 

f:id:seiko_udoku:20210106102951j:plain


それでも、第二の堤防が必要ということは増水がいかに恐ろしいかということだろう。

第一堤防と第二堤防の間は、広大な農地だが、農業用道路が通っていて一般の車もいっぱい走っている。信号が、とても少ないので走りやすいいのだ、と思う。

f:id:seiko_udoku:20210106102922j:plain

さらに、進んでいくと先日来た時に見つけて集落跡が見えてくる。その後には、新大利根橋が見える。

f:id:seiko_udoku:20210106103150j:plain

集落跡

この橋を、途中から渡って帰ることにする。

橋の上から、先日お参りした布施弁天が見えた。

f:id:seiko_udoku:20210106103231j:plain

布施弁天を望む

こんもりした丘の上にあって、お城に最適な立地である。

まあ、城としては高さ、広さとも少し足りないかも。

創建は1000年以上昔らしいので、お城ができるような時代のはるか以前からあったのだ。

 

ここから、自宅に戻ることにする。

もう少し近ければ、よかったのにな。

かなり走った後だったので、帰りはきつかった。

朝天気がいまひとつで、様子を見ていたので出発が遅くなってしまった。

9時45分くらい出発で、自宅帰着が2時半ごろだった。

距離は、どれくらいかなと気になった。

Fitという万歩計アプリがスマホに入れてある。これは、自転車にも対応してた。

21.84kmになってた。もっと、あると思ったけど。

地図も記録されている。GPSが、はたらいているんだ。

すごいね、文明の利器。

天気のいい時に、もう一度行きたいな。

 

 

seiko-udoku.hatenadiary.jp

seiko-udoku.hatenadiary.jp

seiko-udoku.hatenadiary.jp

seiko-udoku.hatenadiary.jp

seiko-udoku.hatenadiary.jp

seiko-udoku.hatenadiary.jp