晴耕雨読    趣味と生活の覚書

  1953年秋田県生まれ。趣味は、山、本、音楽、PC、その他。硬化しつつある頭を柔軟にすべく、思いつくことをなんでも書いています。あわせて、江戸時代後期の紀行家菅江真澄の原文テキストを載せていきます。

わかこゝろ② 菅江真澄テキスト

十四日 よべより雨ふれば、つとめて、あまづつみしていでたつ。
 
みちのかたはらに、としふりたる松の四本ふし立るに紙ひきむすびたるは、いかなるゆへかあらんととへば、これなん高埜大師の手かけ松に侍れば、身にねがひある人は、かく、紙さきむすびて行侍ると、里の子のいらへにしりぬ。
左に堂のありければ、坂のぼりて観世音を拝み奉るに、ひろさいくばく、たかさ、はたひろ斗の巌に藤正木のかつら、いと長くかゝりて、ふりあふぐもあやうげにのぞめば、堂のかたはらの窓より法師のさしのぞきて、そがうへより此大岩のまろびおちて、此下に御堂もたふれ、あまたのぶちぼさちの、くだかれ埋りておましましき。
見たまヘ、かゝる石の御仏をとて、みぐし、みかたちもやぶれ奉るを、とうだして、をがませていはく、のぼりおはしたりつる坂の中より、ほりおこし奉たり。
むかしも岩のこぼれ落たる頃、埋れたまふならんとて入りぬ。
坂くだりて、さしのぼらんを太刀峠とて、いや高し。
 
雨はをやめど、霧なんふがく麓よりみねをこめて、いづこともわきがたかりけれど、旅人のかたらひわけのぼる声は、そこぞともなく聞えたり。
 
   朝霧のうちにたどりてたちたふげ声のみ越る秋の旅人
 
あふぎ見れば八重霧のひまより、こゝらよぢのぼり行人の、みの笠あらはれたるに、みねとぞしられぬ。
 
   わけゆかんほどもしられてはるかなる霧のたえまにみねのたび人
 
又直堅もふりあふぎ、いはく。
 
   起出て旅のやどりをたち峠行すゑ遠くみねのしら雲
 
やをらのぼりいたりて、来りし方を見れば、雲と霧と、いやたちにたちてける中より、松風ほそう音して、うすく消えわたるに、峰ふたつみつ、かぞへ出たるは、雲のうへに、松をむら/\とゑがきたらんやうにて、
 
   わけ捨し麓はそことしら雲のあとたち埋む谷のかよひぢ
 
北、ひんがしのやま/\は蕎麦ばたけにて、花のましろに咲たるは、みねも麓も、雪のふれるかと見つゝくだりて、みだれはしもなかば過ぎくとて、
 
   袖にちる露のみだれはしの薄こや此風の吹わたるらし
 
赤豆阪をこゆるとて、
 
   秋ながら袖にあせして身にあつきさかまくいきのむねにくるしき
 
法橋といふめる邑に、みほとけのおましませば、をがみ奉りて、
 
   舟ならで仏の法のはし柱人わたすとて名たておきけん
 
苅屋沢邑のやかたを行野辺に、とがまをふりかざし男の行が、うたのみひたにうたふ。
 
   ますらおがうまくさかリや沢の辺の薄高かやふみしだき行
 
青柳といふすくにつきぬ。
あまたの家居軒をつらねて、とみうどぞ多かりける。
 
   風にちる例もしらで青柳の里の栄えは春ならずとも
 
いはほをきりわけて、名を、きりとをしとて人を通しぬ。
あざか河を渡りて、あたらしう家作るを下井掘といふといへば、
 
   民草の宿やさかへんこゝにしも井ほり田うへて人のすめれば
 
岨のはたなかに、大なる槻の一本生ひたてるふる塚のあり。
此したつかたは、石をたゝみあげたる、大なるやのごとき洞也。
世のしづかならざる頃、宝かくし入たる石室といひ、又、氷の雨のふりこんを、しのがん料に作りたりけりとも、家居いまだたても初めざる、あがりたる世のすまゐとも世にいひ、国々に在る、かくれがの、いとひろきなり。
むかふかたに、やのおほく見えたりけるは矢倉村といふとか。
麻積の里に休らひて、女の、はたをれるを見つゝながめたり。
 
   しづはたのをりぬふわざのいとなさやこゝにをうみの里のわざとて
 
あけなば、やはた村なるみやしろに、かんわざありて、けふなん試楽のみがぐらあれば、里々村々のあき人、山賤のまうでける男女うちむれ、声とよみ、みちもさりあへず。
いちの河渡り猿がばん場にのぼる。
山路にかゝりて雨のいたくふり出て、田のこひぢをわたるがごとにぬかり、山阪のふみもとゞまらず、はぎもよこざまに行てたふれ、あるは、つまづきひざまづいて、心はとくおもへど、あしのまかせねば、やすらひ/\あゆみこうじて、老たるもわかきも細き杖をちからに、からうじてくだりはてて、
 
   更科の月にこゝろのいそがれてさるがうまばもあしとくぞすぐ
 
と、たふれ口すさびて、日高う中原といふ処に至り宿をさだむ。
こゝはさらしなの郡更級の里なれば、あらしを分て出る月も見てん、なぐさめかねて鳴鹿の声もきかまく、くれ行をまてど霧ふかくたちおほひて、こよひの月見んことのかたからんはねたしと、旅のまどゐにかたらひて、
 
   あらしだに分出るものを霧のなかはらはで月をまつよひの空
 
いつまでも月はいでこじ、いざいねてあれなど、ひぢ折わざして直堅。
 
   こよひしも此中原にかりねして草の枕のゆめやむすばん
 
とてふしぬ。
月のほのかにはれ行うれしさに、みなおき出て、とにのぞみて、
「これや此月見るごとにおもひやる姨捨山の麓也けり」
「更科やをばすて山の柴の戸にしばしも秋の月はくもらず」
とずして、槇の板戸半明て居れば、花火見しぞ、燈籠くらべの見ものありきなど見てかへるが、枕上のそともに夜もすがら休らひ、あるは、ふしあかしぬらん。
みなこ/\と、はなうちならしてける音たえず聞えたり。