晴耕雨読    趣味と生活の覚書

  1953年秋田県生まれ。趣味は、山、本、音楽、PC、その他。硬化しつつある頭を柔軟にすべく、思いつくことをなんでも書いています。あわせて、江戸時代後期の紀行家菅江真澄の原文テキストを載せていきます。

年をとって、自分が変わったと思うこと

自分が年をとったせいだと思うが、考え方が変わったなと、思うことがある。

疑り深くなった。簡単に信じなくなった。

ものごとを、比べないようになった。

比べるべきものではないものを、比べない。

比べるということは、それぞれを同じ基準で判断しようとしている。

もともとが違っているものだから、一つの基準だけを使うのは無理だ、と考えるようになった。

これはよくて、これは良くない、ではなくて、それぞれの良さがある。

 

いろいろな人に出会う。

いろいろなところへ行く。

いろいろな番組を見る。

いろいろな映画を観る。

いろいろな音楽を聴く。

いろいろな本を読む。

いろいろなものを食べる。

いろいろなものを飲む。

 

なにかとなにかをくらべようとする。

モノサシがひとつだけなら、優劣をつけることになる。

モノサシがいっぱいあれば、それぞれのいいところを見つけられる。

くらべてはいけない。

くらべるべきではない。

そう思うようになった。

 

あたりまえのように、正しいといわれていることがある。

あたりまえのように、まちがっているといわれていることがある。

ほんとに、正しいのだろうか。

ほんとにまちがっているのだろうか。

100%正しいことはないように思える。

100%まちがっていることもないように思える。

ものを見る角度を変えてみれば、ちがって見えてくる。

ものごとには、裏があるのだ。

角度だって、見ようと思えばいくらでもある。

モノサシをいろいろ用意すれば違ってくる。

100%ではなくなる。

私は、もともとなんでも信じやすい人だった。

いつからか、なぜか、ほんとにそうなのかなと考えるようになった。

 

金子みすゞさんという詩人がいる。

私が子どもだった頃、教科書にはのってなかった。

今の教科書には作品がのってるそうだ。

「私と小鳥と鈴と」という詩がある。

「鈴と、小鳥と、それから私、
みんなちがって、みんないい。」

鈴と小鳥と私は、それぞれちがったものだ。

そして、ちがったいいものを持っている。

 

SMAPの「世界に1つだけの花」という曲があった。

世界に一つだけの花
一人一人違う種を持つ」
という歌詞があった。

そして、次の歌詞で終わる。
「NO.1にならなくてもいい
もともと特別なOnly one」

ひとつのモノサシならナンバーワンで、

モノサシがいっぱいあれば、オンリーワンなのかな。

 

本の売上数は、数字で数えることができる。

CDの売上数も、数字で数えることができる。

でもその本や、CDの内容がどれだけのすばらしいものだったかは数えられない。

 

世論調査というものがある。

1億3000万人の動向として発表される。

サンプル数は、わずか数千人である。

そのうちの、数パーセントの上下で、一喜一憂したりする。

ほんとに、信じていいものなのか。

でも、権威あるもののように公共の電波で放送されたりする。

信じやすいというのも、考えものだな。

 

 

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