十九日 つとめて浅間をたつ。
このあたりをさして、
「浅羽野にたつ水輪小菅ねかくれてたれゆへにかはわが恋ざらん」
と聞え給ふる。
この朝葉をあやまりて浅間といへるにや。
鈴虫のふり出てながめ紅のあさはの野良やいざわけて見ん
「捨られはかゝる野山やけふの月」。
香風は、田辺のなにがしの里のをさにて、
「世を旅にやどをかり田のほとりかな」
と、宗祇法師、文明のころ句ありたりけるをもて、庵つくりて、いますめりけるとか。
此友は、こよひ宣甫がやに、われは可児永通が家につきて、ふたゝびとてくれたるまどゐに、香風衣つゝみのうちより、十府の菅、宮城野の萩など、ふるさとのつとに折もて行とて、とうだして見せけるに、
色深きこと葉の花も折まぜて萩の錦をみやぎのゝ原
あるじの宣甫にかはりて、
菅こものなゝふに宿しわかれなばたえずも人をふみにしのばん
二十日 香風にわかるゝあしたになりて、
わかれてもおなじかりねの草枕むすびてあはんよな/\の夢
その夜、姨捨山によみたりける歌の冊子に、ものかいてと人のいへば、いなびがたくて、
「ひさかたの天のひかり四方に明らけく、あまねく世にみつのとし、そめわたる木々の葉月、もちのこよひを、手を折/\の空にむかひ、水の面にてる月なみをかぞへて、おもふかぎりうちむれて、旅衣わもひたちぬるに、われもおなじう、みすゞかる科埜のくににありて、いざいきねと人のさそふにうれしう、心あはたゞしく、此夜をば捨山にのぼりて、いかめしきいはほの上なる、莓のむしろにまどゐして、いまだ夕くれはたぬよりまちまたれて、見もしらぬ高根のあたりにこゝろをやりて、むなしく見やりたるほどもなう、やをらさしのぼるかたは、山のいくへも波のやうに見やられ、ふもと行水のしろがねをながせるかと、千曲の川なみよるともわかず、つな舟も、月にひかれてながしやしてむ。
わけのぼる人のけはひの、こゝかしこにあらはれて、虫のこゑ/\風のたゝずまひ、木草の露も、よしある月のこよひなりけりと、こゝらの人の、ながめたる心のくまもあらで、世中はみな、此月の中にこもりてやあらん。
かゝるたぐひなき大空の光にや、なぐさめかねし男のこゝろまでおもひ出られて、猶いにしへの人にものいふこゝちすれば、いかにおもふとも、いとゞいへば、えに、こゝろくるしくて、あふぎたる人々のこりなう、心こと葉のをよぶべきかはと、たゞ声をのむに、さなんめりとて、はぢらひてやみぬ。
さればとて、人わらはれなる一ふしもかなと、より集ひて、旅なる硯まかなひいだして、人のながめたるに、われも、かたくななるひとくざをとてしるしぬ。
世に見ん人のめにはつゝましけれど、此月のにほひに、あくがれ来れるしるしとも見ん、人のこゝろのそこまで清らかにすめれば、言の葉のみちのまどひもなう世にてりかゞやかし、ひかりまされるこそ、こよひの月のはゐならめかも」