晴耕雨読    趣味と生活の覚書

  1953年秋田県生まれ。趣味は、山、本、音楽、PC、その他。硬化しつつある頭を柔軟にすべく、思いつくことをなんでも書いています。あわせて、江戸時代後期の紀行家菅江真澄の原文テキストを載せていきます。

「ほめる文化」と「けなす文化」

先日、サンドイッチマンについての文章を書いたときに、「東北には、けなす文化はない」と書いた。

あとになって、ほんとにそれでよかったのか、とちょっと心配になった。

私が、秋田で暮らしていたのは18才までである。

思い込みとか、勘違いがあるんじゃないか。

子ども時代の記憶が、私の東北人としての根拠である。

 

結婚前に、妻の実家に何度かおじゃました。

妻の両親はともに、東京生まれ東京育ちである。

神田と王子だったかな。

妻の実家の会話は、驚きだった。

落語と同じだな、と思った。

「バカ親父」とか「だまれちょうちん」といことばが親子で飛び交い、父親が奥さんの料理について、まずくて食べられるか、と言っている。

私は、落語では聞いたことがあるが、ほんとにあるんだと思った。

 

秋田では、絶対にありえない会話だな、と思った。

親子の距離感が、違うのだと思う。

秋田では、両親に対して、ネガティブなことばは言えないし、言おうと思わない。

言ってしまったら、ことばの力によって招くべき結果を招くということだと思う。

悪口を言ったけど、愛情があるから帳消しされる、みたいなものはない。

こういう感覚って、江戸の文化なのかな。

 

江戸の文化のベースになったのは何だったのだろう。

参勤交代のために、全国の大名が江戸にお屋敷を作る。

大きな大名だと、上屋敷中屋敷下屋敷とあったらしい。

そこに、多くの人たちがお殿様について全国から集まってくる。

その増えた人口を支えるために、江戸近隣から職を求めて集まる。

私が今読んでる「銭形平次捕物帳」のよると、女性は、安房、上総、下総から来てるのが多い。

男性だと、信州から来ていたり、商人はもう全国からである。

銭形平次では、あまりあてにはならないかもしれない。

江戸の文化と言われるのは、庶民の文化だろうから、江戸近隣ということなのかな。

 

明治維新後、またまた全国からいろんな人たちが集まって、東京を作っている。

東京は、江戸の流れを引いているかもしれないが、今は全くの別ものになってしまている気はする。

 

勤めていた頃に、九州出身の何人かの女性と職場で一緒だったことがある。

長崎、佐賀、福岡あたりだったと思う。

私より、年上で、たくましい感じの女性たちだった。

いろんな話をした中で、九州ではいろんなところで旦那さんを立てなければならない、ということを言ってた。

とても強そうな女性なのに、男性を立てるんだ、と思った。

実際の力関係とは別なのか、内と外は違うのか、そこまでは聞かなかった。

 

さだまさしの「関白宣言」という曲が、気になっていて、そのことを聞いたことがある。

私が、「あれは、ジョークですよね。」と言ったら、否定された。

あれは本気で歌ってると思う、という答えだったので、驚いた。

東北育ちの私には、冗談で歌ってる、としか思えなかったのだ。

 

関東あたりで、自分の奥さんのことをほめたりすると、のろけてるとか言われて、バカにされる。

奥さん自慢する男は、一人前扱いされない。

でも、私の少年時代を思い出すと、秋田のおじさん達は、お酒を飲みながら奥さん自慢をしていた。

いかに、自分の奥さんがすばらしいかを楽しそうに語っていた。

そのおじさんたちの自慢話を、私は近くで聞いていた。

秋田では、奥さんをほめることはバカにされるようなことではなかったんだと思う。

むしろ、男がするべきものとして、少年だった私は受けとっていた。

 

日本は、狭い国である。

でも、日本は、いろいろある国である。

 

 

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