三月六日 けふは酉の日なりければ、須輪の御かんわざにまうでんとて出ぬ。
阿礼の御社を拝み奉りて行に、みかきのはな盛すぐるをかへり見やりて、
今しばしとゞめてあれのみしめなはゆふがひもなき花のはる風
かくて塩尻にくれば、花の木いくもとも立ならびたり。
不二のねにたとへし雪のふることをはなにぞみつるしほじりの里
大路を左によぎりて小坂こえ行はどに、里のあたりに、けぶりほそく立のばりたるに、雲雀の鳴てあがりたるなどおかし。
そこをましたといふ。
朝げたくけぶりの末に立ひばりましたの里に見ゆるはるけさ
やがて、をしりといふ渡にのぞみていざ舟にのらんといふに、笠のかりてに手がけ給ふはたぞ、景富のうしなり。
かくゆくりなくまみえしもうれし。
ちぎりたるやうにもあるかなとて、しばしものかたらひて舟にのる。
まことに此わたりの水ながれては、あめの中川とも、あめながれ河ともいひて、遠つあふみのあらき汐路にやおちなんとかたりもて下浜をまじりに見やりて、ちいさき嶋に弁才天女ほくらありけるに、桜一もと咲たるが、たゞちにながるゝごとに、船にておし出ぬ。
きしなる里をとへば、花岡といらへぬ。
はないたく咲て、おもしろきところなりけりといひつゝ、
岡の名の花のさかりもみなれさほとらでやしばしとゞめてもがな
景富の大人のいはく。
諸ともにかよふこゝろのゆきあひて道を友なふけふのたのしさ
かくありけるを聞て、
里とへば花とこたふる岡の辺にかたるもはなよはなの言の葉
沖のほのかすみたるに、こゝらのふねこぎ出てつりするなど、春の海に秋の木葉しもちれるやうにぞありけるといひけんも、しか/\゛にこそ。
うら/\とのどかにて、手をひてゝあそびつゝまたとなふ。
須輪の海つりするあまの糸すぢもうごかぬ春の風のしづけさ
おなじこゝろをよめる。
なぎさこぐ蜒?の小舟ものどかにて霞をわたる諏方の海つら
やがて、有賀といふ里にあがりぬ。
真志野、大熊をへて、みちしばらくくれば出湯ありて、入々汲てひやゝかなるなどいひて眼あらふ。
かくて鳥居に入ぬ。
がけ樋の落くなるしたゝりに、手あらひ口そゝぐ。
正月朔日の日の御神事は、此あたりの凍を斧鉄もてうちくだきて、蛙ニツとりていはくらに備て小弓して射給ふとなん。
はた、氷なきときは、きだはしに蛙いづるといふ。
古きうたに
「万代やみたらし川にすむ蛙まづ初春のにへとこそなれ」
ひろまへに行みちを布橋といひていと長きわた殿也。
御宝蔵などきよらにかゞやきて、めもあやにいやをがみて過れば、をがみどころなり。
よつの御はたをはじめ、くさ/\゛入くらしたる物の机かへしろなど、梶葉のかたおしたり。
これは、武南方富命のおまします御簾のうちは、たゞ小笹のみ生ひしげりて、さらにみやしろもなく、方は戊亥をさだめ給へば、出雲にやむかはせ給ふならんか。
いとたうとくなみだしほれぬ。やとぬさとりをさめて、かしこを拝ミめぐる。
かなたのひさしに白衣きたる神子五人、鈴うちふりながら左の手にずゞつまぐりたるもあやし。
こは御炊殿文庫三亢宗源ほまつりの具など御前にむかふ。
南のやにみこ七人あまりすゞはふりて、ねんずは見えざりけり。このそともにいづれば、あるやに、もがさのまもり、鹿のよけとよばふ。
こや天真名井と申奉りて、やねのなかばに筒さして雨したゝる通ひしたり。
又井ニツある。
ひとつにはよねを紙とひねりて投入てなりはひのよしあしをうらふ。
みさかあがりてふげん堂の板のひまより、下モの須輪なる三重の浮図、こゝなる五重のとふ、うつる/\とて笠扇いだしてかげをうつしぬ。
御堂高くしてしたなるニツはうつらず。
五ツ見ゆるといふは、かさなるかげのうすきにてぞあらめ。
これをひとつのふしぎとはいへり。
こゝを十六町ひんがしにあゆみて、前宮といふ処に十間の直会殿ありて、鹿の頭七十五、真名板のうへにならぶ。
このなかに、耳さけの鹿は神矛にかゝるといへり。
歌にいはく、
「がねてしも神のみそなへ耳さけの鹿こそけふの贄となるらめ」
かくあつまることは、あまりてもたらざる事なし。
上下きたる男二人ものゝ肉をまな板にすへてもていづる。
足とりなど、ゆへやありけん。
弓矢よろひかざりて、つるぎを根まがりといひて、つか頭したつかたにまがれり。
世になきたからなりけり。
南のすみなる処に、しら鷺、しろうさざ、きゞす、山烏、鯉、??(鮒)いろ/\のしゝむら、三杵入るはよね三十の桝を入たり。
それにはひしのもちゐ、ゑび、あらめなど串にさしたり。
すべて、はたのひろもの、はたのさもの、毛のあらもの、毛のにこもの、そのくさ/\゛のものを悉備て、もゝとりの御具にあざへてみあへ奉る。
御祝のつかさは、さわりありてまうでたまはず。
山ばといろの御そうぞくとやらんは、はこに入て、しき皮のうへにすえたるに、酒さがなとゝのへたり。
長殿よりしもざまも、みなしきがわのうへにならびて、ひらきとり給ふに、提もてつぎめぐる。
さかないくたも/\もおしかわりて、ちいさき折櫃に、もち、かや、ところなど入て、ひとり/\にとりすえたり。
かくて、おさどのしきがわを立て、ある木のもとに行給ひて、弓矢たづさへ給ひしかども、射もし給ひしやらん、多くの人にへだたりて見えず。
よしの束繩ときみだして、そがうへにしき、はなそへて長殿より居給ふ。
御杖といふもの、御贄柱といふ人あれど、こはそれならじといふ。
長五尺あまり巾五寸あまりにして、これはとがりたるを押たつ。
長殿おましよりくだりてあらため見給ひてけうく、こはふしありてよからじと、又とりあへず。
御神といひて、八ツばかりなるわらはべに、紅のそうぞくさして、このおん柱にそが手をそへさせて、人々もて、かのたかむしろのうへにおく。