白神山地は、1993年に日本で初めてユネスコの世界遺産(自然遺産)に登録された。
登録理由としては、 「人の影響をほとんど受けていない原生的なブナ天然林が世界最大級の規模で分布」していることとされている。
私は、白神山地の麓で生まれ育った。
しかし、「白神山地」ということばも、「原生的なブナ天然林」ということばも、聞いた記憶はなかった。
白神山地という名称は、昭和29年発行国土地理院地勢図ではじめて使われたようだ。
それまでは、「弘西山地」という名称が使われていたようだが、私はこの名前も記憶にない。
小学校、中学校と、手元に地図帳があったはずで、地元の十の瀬山や田代岳に登っていたはずなのに、地図帳ではどのように記載されていたのか覚えていない。
この無関心さは、自分でも不思議になる。
白神山地は、青森県と秋田県の県境を成す、全体の面積は13万haの山地である。
しかし、世界遺産に登録されているのは、そのうちの1割強の1万7千haに過ぎない。
白神山地の西部の一部で、青森県西津軽郡鰺ヶ沢町、深浦町、中津軽郡西目屋村、秋田県藤里町である。
私の生まれ育った大館市は、世界遺産に指定された地域には含まれていない。
しかし、白神山地が世界自然遺産に指定されたことによって、誰でも白神山地が青森県と秋田県の県境あたりにあることを知っている。
郷里の大館市を説明することが、かつてに比べて格段に楽になった。
秋田県の北の方の、十和田湖に近いところにある町、などと説明しなくても、白神山地の東側の麓あたりと言えばいい。
白神山地の最高点は、青森県深浦市にある1250mの向白神岳であるが、その南西4kmのところにある1235mの白神岳と一対であるとも考えられている。
「しらかみ」の名は、江戸時代の紀行家の菅江真澄が、著作の中で、「白上山」や「白髪山」などと表記している。
そして、男鹿半島の戸賀にある白神大明神や北海道松前の白神岬などとの関係から、「しらかみ」の名前について考察している。
私の郷里の山である田代岳のあたりは、世界自然遺産の地域ではない。
それは、林野庁による秋田杉の植林がされていて、ブナの天然林が残されていなかった、ということだろう。
そのかわり、「田代岳県立自然公園」に指定されている。
田代岳山頂には、白神大神を祭神とする田代山神社が建立されている。
津軽の猟師が、頂上付近で水田を見つけて呆然としていると、白衣白髭白髪の翁に出会い、この翁を白神大神と祀ったという伝説がある。
9世紀には再興し、再建を繰り返してきたとの記録もあるようで、古くから山の神・田の神・水の神・作神の守護神として、秋田県北地方・青森県津軽地方・岩手県北内陸地方に広範な信仰圏を持っていたようである。
田代岳の頂上直下の9合目には、広い高層湿原がある。
湿原には大小120もの池塘がある。
中学生の時に、はじめて田代岳に登った時、山頂といってもいい高いところにこんなに池があることに驚いた。
しかも、幕営して朝になったら、まわりは雲海である。
岩木山をはじめとした北東北のの山々が、360度の雲海に浮かんでいた。
大館市のウェブサイトでは、「雲上のアラスカ庭園」と呼ばれていると記載されていた。
この光景を初めてみた昔の人たちが、これは神様の田んぼだ、と思っても不思議ではない。
池塘を水田に、そこに生育するミツガシワをイネに見立てて、花のつき具合や根の張り具合で、その年の稲作の豊凶を占う伝統的慣習が伝承されてきた。
田代山神社は、毎年半夏生の7月2日にお祭りを行ってきたが、数年前の台風で損壊し、今は避難小屋として再建されたそうだ。
田代山神社は、どうなったのか心配である。
田代岳は標高1178mで、雷岳、烏帽子岳、茶臼岳と連峰を構成する成層火山である。
高層湿原があるのは、火山だったということだ、と理科に詳しい人に教えてもらったことがある。
北海道の暑寒別岳の雨竜沼湿原は、もっと雄大な高層湿原だったな。
もう一度、行きたいなあ。