我が家では、お茶を飲む習慣はなかった。
我が家だけなく、たぶん近隣の村々にもお茶を飲む習慣はなかった。
それでは、お客さんが来たらどうしていたのだろう。
漬物でも出していたのだったかな。
なぜ、お茶を飲まないかというと、お茶が育たないからである。
茶葉を買っていたら、とんでもなく高価なものだったろう。
お茶の木は、本来亜熱帯地方に多く分布するものらしい。
それでも、生物学的というか、栽培的な北限は秋田県北部地方らしく、檜山茶は、江戸時代から栽培されているらしい。
経済的な栽培の北限は、新潟県村上市と茨城県大子町を結んだあたりになる、ということだ。
茨城県北部の八溝山に行った時、道路の脇に茶畑と製茶店があって、寄ったことがある。
村に、商店が二軒あって、そのうちの一軒は農業兼業、もう一軒は商店専業だった。
子どもたちのうわさでは、専業の商店の旦那さんはお茶というものを飲むということを、聞いたことがある。
年に数回、父の実家に農作業の手伝いに行った時に、夕食をいっしょに食べることがあった。
総勢10人を越える人数の食事だった。
父の長兄が「家長」だったが、物静かで、厳格な人だった。
ご飯を食べ終わると、少し残したみそ汁にお湯を入れて、飲んでいた。
私たちも、マネをして同じようにしていた。
それが、お茶に代わるものとして飲んでいたのか、お坊さんがお茶碗でお湯を飲むようなものだったかはわからない。
だから、私はお茶を飲む習慣はなく育った。
のどが渇いたら、水を飲んでいた。
結婚したら、妻は大のお茶好きだった。
それは、もちろん妻の実家が、お茶なしでは済まない家だったということだ。
1日に何回も、「お茶飲みましょう。」ということになる。
私もいつか、その習慣になじんでしまっていた。
茶葉は、欠かさずに買ってあって、冷凍庫にある。
お茶は、体にとっても良いものだろうし、他に甘い飲み物を飲まないことにもなるので、子どもたちにとってもよかっただろう、と思う。
そんな環境で育ったせいなのか、そうではないのか、わからないが我が家の子どもたちは、飲み物についてこだわりがあるようだ。
長男は、学生時代にコーヒー店でバイトしたのがきっかけで、コーヒー関係の資格を取得し、今は自分で豆を焙煎している。
次男は、緑茶にとても興味があって茶畑のある会社で働いていた。
今は、転職しているが、お茶についてはとても詳しい。
三男は、なぜか紅茶にこだわって、いろんな茶葉を買っている。
紅茶の淹れかたも、なかなかうるさい。
だから、コーヒーを飲んで、そのあとはやっぱり緑茶になる。
ケーキなど洋菓子だったら、やっぱり紅茶でしょう、という感じである。
場合によっては、フルコースになったりする。
でも、お茶もコーヒーも奥が深いなと、思う。