ひとりで出かける時は、基本的に歩いて行く。
買い物でも、図書館や城址城郭そして寺社仏閣も、歩いて行く。
妻や、家族と一緒だとなかなかそういうわけにはいかない。
車と違って、歩くと時間がかかる分、目的地までの経過を楽しめる。
意識して歩くことにこだわるようにしたのは、この数ヶ月である。
歩いていると、土地の高低差というのがとても気になる。
もちろん、車で走ってても土地の高低差が気になる人間だった。
私の住んでるあたりには、山と言えるようなものはまったくない。
高低差と言っても、最高でも30mあるかないかである。
でも、歩いていると、人間の生活にとって、わずか数メートルの土地の高い低いがいかに重要かがわかる。
今は、空き地があれば、どこでも住宅を建ててしまう。
でも、昔の人たちはどういうところに住居を作ったのか。
どういうところに、集落があったのか。
明治初期の地図を見れば、はっきりとわかる。
集落は、高台にあり、低地は「水田」となっている。
集落の近くに、「畑」があり、それ以外が「松」や「椚」と表示されている森林である。
神社は、集落と森林の境にあり、森林を背後に背負う形で存在している。
きれいに、住み分けをしていた。
水田のあるような低地は、大雨が降れば水があふれるだろうから、そのような土地に住居は作らない。
東葛飾郡というのが、私の住む柏市の周辺のかつての地域名だった。
今は、その地域内は野田市、流山市、松戸市、浦安市、我孫子市、柏市、鎌ヶ谷市、市川市、船橋市と、すべてが市に昇格したので、郡名を必要とする町村はなくなった。
私が、この地に移ってきた1970年台は、関宿町、沼南町はまだ、野田市や柏市と合併してはいなくて、浦安も東葛飾郡浦安町だった。
浦安が浦安市に昇格するのは、1981年で、その2年後1983年に東京ディズニーランドが開業している。
千葉県北部には、「下総台地」又は「北総台地」と呼ばれる台地がある。
標高は概ね20m〜40mであり、なだらかな起伏が続くが、東部は香取市や香取郡東庄町などでは50mを越えるところもある。
この台地が、長い年月の中で、雨風に削られて谷になり川になり、低湿地ができたり、湖となっている。
なだらかな台地なので、川は東西南北いろんな方向に流れる。
他の大きな流れと合流して、さらに流れるのである。
かつては、低湿地は田んぼにするしかない土地で、住宅は作らなかった。
雨が降れば、台地から集まった雨水は低い方に集まっていって、場合によっては田んぼを水浸しにしたことだろう。
そのような心配のない高台に集落をつくり、その周辺で畑作をした。
畑作ならば、水田のような用水の確保の心配をしなくてもいい。
わかりやすい問題だったのだ、と思う。
しかし、私の住む周辺では、かつて水田だった土地がどんどん住宅地になっている。
台地の森から流れ出る小川だった流れは、フタされて暗渠になって、川の面影はない。
降雨量によっては、排水が追いつかなければ、行き場を失った雨水が住宅地を水浸しにするかも知れない。
八街市まで出かける用事があって、車で出かけた。
妻の実家が、かつては八街市の先の山武市にあったので、ずいぶん長いあいだ、たぶん10年以上通った道である。
八街といえば、最近子どもを巻き込んだ悲惨な交通事故があった。
ニュースを聞いた時、あのあたりだとすぐに思いうかんだ。
両側に広大な落花生畑がある中を、真っ直ぐな道が続いていた。
考えたら、下総台地の西端にある柏から、だんだんと標高が高くなっていく台地の中部に向かうことになる。
総距離は、55kmくらいになるが、国道を避けて通行量の少ない県道を選んで走った。
ほとんどが、緑に囲まれた道である。
ところどころで、低地に出て、水田の緑があざやかである。
小林牧場、印旛捷水路、順天堂大キャンパス、など久しぶりで近くを通った。
住宅地化が進んでいるとは言っても、まだこんなに緑が残ってるのだ。
緑の森が徐々に減っていくのを間近で見ているので、すこし安心した。