晴耕雨読    趣味と生活の覚書

  1953年秋田県生まれ。趣味は、山、本、音楽、PC、その他。硬化しつつある頭を柔軟にすべく、思いつくことをなんでも書いています。あわせて、江戸時代後期の紀行家菅江真澄の原文テキストを載せていきます。

すわのうみ⑧ 菅江真澄テキスト

廿八日 けふも萩原氏がやにせる。

あるじの云、われ遠つおやより持つたへ侍る、後水尾院第八の宮かゝせ給ふとて、扇のかたひらに歌六ツめでたき手にてかき給ひし、まことにかくやなど、あまたあふぎてずんずれば、なみだこぼれて、人々もことばなく、此御うたをのみ口のうちとなへつゝ、たたう紙にうつしける。

   「もしほ草かきをく数はつもれども又あらはるゝ言のはぞなき

 

   かきとむる此水くきのかはらずばなからん跡のかたみとも見よ

 

   わが身世になからん後にあはれとはたれかいはまの水ぐきのあと

 

   何をしてくらすともなき月日がなつもるばかりを身にかぞへつゝ

 

   われながらこゝろやかわるうしといひて過しむかしをまたしのぶかな

 

   今はとて世にも人にも捨らるゝ身に七十の老ぞかなしき」

 

かくよみおはりて、ものゝはしにしるしぬ。

 

   俤もなりとぱかりに水ぐきの書きあはれに袖ぞぬれぬる

 

廿九日 あしたより、そらかきくもりて、ほどなくふり出たり。木の下の里に、雨やどりすとて、

   旅衣ぬるもいとはじ木のしたにけふをかぎりのはるさめの空

 

松嶋のむまやの、北村といふ処に、臼杵のみやとて御社のしたくらに、石の臼、石の杵をつくりてをさめたり。

里のはづれに、秋葉のみやしろあり。

いにしへ、敏達帝の御子、第三にあたらせ給ふとやらん、身まかり給ふあとゝてあり。

御なを、七嶋あなる処に、なかやとのたまひしゆへ、こゝに松嶋、福嶋、大嶋、青嶋、狐嶋、殿嶋、小出嶋、是を伊奈郡七嶋といへば、このまつしまにおましますといへり。

山も船のかたちなり。

古きすへもの、ふるき瓦などの、やぶれたるが、いと多し。

けふは、つごもりになりぬ。

この月の一日たちて、はるもくれはつるに、

 

   よし春はけふくるゝともほとゝぎすあすよりこゝに松しまの里

 

けふは、沢村にとまる。

ある人、桜おしたる扇に、歌かきてといふ。

 

   ちりしその春のかたみのうつし画の扇の風のにはふすゞしさ

 

四月朔 沢村をいづる。

北小河内、原氏がやに入ぬ。

あるじのいはく、此家久しく、百とせニツあまりやへにけんといひける。

はしら、板じきも、なためあら/\しく、いとふるき住家也けり。

まことに、箕輪県のはしめよりありけんといひしも、むべなり。

うるし戸、樋口、平井、出牧をすぎて、あめながれ河のへたに藤、つゝじの咲けるもいみじ。

 

   きしに咲はなのふぢ波夏かけて梢も高し天の中川

 

辰野郷にとまる。

こゝにてよみしうた。

 

   とめしその花のいろかもなつ衣たつのゝ里にけふはきにけり

 

二日 朝より日てりながら、遠近の山みなくもりたる。

こは霞にはあらじ。

また、浅間が嶽もえけるになど、人々かたる。

赤羽何某といふ人、山に日の出るかたもて来て、歌かけといへば、思ふまゝを、

 

   花やありとみねにこゝろをうつしゑに匂ふ朝日のかげぞのどけき

 

こよひは、小野にとまる。

清少納言のさとはたのめと云けらし、小野明神のもりに葵多く生るを、

 

   旅人もさらにあふひのもろかつらかけてたのめの杜の神がき

 

三日 あしたより、そらかきくもりたるは、苗代かれぬとて、村々里々にて、雨乞ありけるしるしにこそ。

下条の里なる、関沢因敬といふかんづかさ、けふ三日、雨いのりけるが、いまみつるといふ。

しばしこゝにいこふに、やがて、雨ふり出たるに、うちならしの鳴、から/\と聞えぬ。

すはのみやにあめこひしときにといふことを、上と下とのかしらにおきて、うた七ツかきて神に奉る。

其歌をこゝにしるす。

 

   すなをなる人のこゝろのまことよりはにうごかして雨しきるなる

 

   野も山も雨雲おほひそことしもみねもおのへもたちかくれぬる

 

   やどといふ宿のしるしもうちなぴきにぎはひぬらんけふをはじめに

 

   あしたより雨雲きほひふるほどはめにちかき山のいろだにもなし

 

   こともらの小笠もしらでなつごろもひぢぬる袖のいろをこそ見れ

 

   しづはたのをさまる御代のしるしとてときしる雨のめぐみをぞうる

 

   木々ふかき杜のしづくの落そひてにはのやり水音たてゝ行

 

やがてこゝを出てくる。

床尾にいたるに、郭会、をちかへりなけば、しばしとゞまりて、聞んとすれば、なかざりけり。

日くるゝころ、雨うちしきるに、一声は過たり。

 

   まてどたゞ雨のゆふべの声はふるや床尾かやまほとゝぎす

 

四日 そらはれぬるまま、もとせばにかへりぬ。

五日  熊谷何某がやに、牡丹見にまかりしに、いろ/\の花咲たるなかに、白きは、玉の盞にしら露をかけてさゝげたるに、みどりの衣きたるいみじき女の、紅のくちびるをうごかして、ものずしたるやうにおぼへて、たヾくさのさまとはなくて、人々酒をとりてうたふ。

 

  さま/\゛につみかさねてやさく花のいろにはとめるやどのゆたけさ

 

  春秋に見しはものかはふかみ草はなやもみぢのいろはありとも

 

卯月末つかた、備勝がやにあそびたるに、夏木立、軒より高く生ひのぼりて、松蝉といふものゝ声さはがしく聞えたるに、高山のふもとなれば、ほととぎすも声うちかはして、こゝら鳴たり。

 

   蝉の羽のうすき衣にをりはへて山ほとゝぎすをちかへりなく

 

このごろ、野も山もかりしきすとて、人あまた行てまねぐりして田面にうち入て、馬いくつも/\引まはして、此ふませうたうたふ声々、やがて馬にてしろふますなど、田づらならして、早苗うふる。

早乙女のうたふ一ふしも、すゞしげに、五月雨のはれまに、郭公二こゑみこゑ、音信行など、いとあはれふかし。

五月はじめのころ、里見義親のちご、身まかりけるに、

 

   ?(わかば)よりそだてしがひもなでしこのはかなくかれし花の俤

 

五月五日 故郷の空しきりになつかしく、いましころは、軒のあやめに風うちそよぐならしなどおもひ出て、

 

   故郷にひきわかれしあやめ草旅の軒ばに露ぞこぼるゝ

 

 

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