晴耕雨読    趣味と生活の覚書

  1953年秋田県生まれ。趣味は、山、本、音楽、PC、その他。硬化しつつある頭を柔軟にすべく、思いつくことをなんでも書いています。あわせて、江戸時代後期の紀行家菅江真澄の原文テキストを載せていきます。

ラジオが変わる、これからも変わるだろう

AMラジオ放送が、2028年で基本的に停波し、FM放送に切り替わる。

基本的にと書いたのは、例外があるからだ。

北海道のHBCラジオSTVラジオ、秋田の秋田放送は、中継局の建築維持の困難を理由に、AM放送を残すという。

この3局は、FM電波とAM電波を併用するということである。

これによって、これまでのAM放送各社は、すでにあるFM放送各局と同じ土俵でやっていくことになる。

 

私は、高校時代まで秋田県に住んでいたが、その頃は、AM放送のABS秋田放送、FM放送の民放局はなくNHKだけだった。

たぶん、その頃はFM東京でさえも、やっと試験放送をやっていたくらいなので、日本全国似たような状況だったろう。

現在は、秋田県には民放局のエフエム秋田があり、他の都道府県も同様である。

調べてみたところ、大都市部を擁する都道府県には複数の民放FM放送局があるが、他の県は民放局が1局だけである。

北海道2局、東京都3局、愛知県2局、大阪府3局、福岡県3局といった具合である。

これまでは、AM放送はおしゃべり中心、FM放送は音楽中心という印象があったように、私は思う。

AM放送局が、FM放送業界に切り込んでいくにあったって、今までの姿勢を維持するのか、それとも変換するのかは、興味がある。

 

高校生の頃に、「FM fan」という音楽情報誌を愛読していた。

隔週発行で、時事通信社が発行していた。

内容は、クラシックからロックまで多様な音楽記事と、FM放送の放送内容が曲名など詳細に載っていた。

ちょうど、FM東海という1958年から東海大学が経営していた教育放送が、郵政省とのトラブルで再免許を拒否された。

そして、株式会社形式のFM東京に移行していく頃で、FM東京の番組表も掲載されていた。

とはいうものの、秋田ではNHKのFM放送しか聞くことができなかった。

NHKのFM放送は、ほとんどが全国一律の内容だったが、1日に数時間のローカル番組もあった。

音楽のリクエストを、放送してくれたので、私もハガキを出したことがある。

リクエストが少なかったのか、すぐにかけてくれた。

スティービー・ワンダーの「陽のあたる場所」だった。

 

AM放送といえば、FEN(Far East Netwok)というのがあった。

日本語でいうと、「極東放送網」である。

1997年からは、AFN(American Forces Network),「アメリカ軍放送網」になっている。

在日アメリカ軍関係者のための放送だったので、すべて英語だった。

アメリカン・トップ 40」が、人気番組だったらしい。

秋田では、青森県三沢基地から電波が出ていたのだろうか。

あまりにも雑音が多くて、音楽を楽しむことはできなかった。

音楽に関する情報が欲しくて、聞いてみたりしたのだが、音がひどすぎた。

 

学生時代に、横浜に住んでいた。

横浜には、「ラジオ関東」というAM放送局があった。

関東地方で、東京以外にAM局はなかったと思う。

たぶん、「関東」という名にひかれて、聴いていた。

その後、1981年に日本テレビ傘下になって、「ラジオ日本」というおもしろみのない社名になっている。

関東地方には、東京以外の県にはAM放送がないけれど、それぞれに各県の個性を出したラジオ局があればおもしろいのにな、と思う。

 

勤めていた頃、ビズネスホテルで有線放送の設備のある部屋に泊まったことがある。

有線放送という言葉は聞くけれど、こういうものかと思った。

音楽をジャンルごとにチャンネルを選べる。

しかも、音楽の傾向や時代のサブ・ジャンルもある。

これなら、お店などで客層などに応じて、チャンネルを選ぶことができる。

著作権などもクリアしてるだろうから、安心である。

 

数年前に退職した後に、AVレシーバーを買った。

チューナー付きのアンプである。

スマホアプリを使って、機器の操作ができた。

インターネット対応になっていて、無線LAN接続ができた。

インターネットラジオを、楽しむことができる。

インターネットのラジオ局は、無数にある。

ジャンルも、なんでもある。

まるで、有線放送みたいだけど、全く違うことがある。

インターネットラジオは、それぞれのラジオ局をそれぞれの個人が勝手に?やってる。

著作権は、クリアしてないのではないだろうか。

だから、無料である。

 

今は、世の中なんでもある。

「情報過多」、「音楽過多」である。

何でもあるのも、苦しい。

選ぶのが大変すぎる。

過ぎたるは及ばざるが如し。

 

 

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