三十日 しほこし(塩越)をたつ。
大汐(塩)越(象潟町)の村を出て、飛(金浦町)といふところに至る。
いにしへ、みちのおくのしほがまひとつとび来けるとて、今神とあがめて、村をもとびと附たり。
そが沖のとびしま(飛島)、波路はる/\゛と見やられてけり。
金浦(コノウラ)といふ磯やをこへて芹田(仁賀保町)のつなふねわたり、あまはぎといふ河にかり橋かけたり。
此河、水いさゝかありて沙ながるゝ川ながら、是をわたらんとてあしさし入れば、ぬま田などのごとく、はぎふかく入て、旅人こゝに、いのちうしなふことあまた也。
もしわたらんとならば、ところの人のこゝろまめやかなるを、あないにしてこゆべし。
又、かく橋かけわたすこともありと、人しんじち(真実)にをしへたり。
しほやくところありけるに、
もしほやく海士のとまやの夕けぶりたつをしるべに宿やからなん
いくばくの路くれて、かたはらのたかき柱を星のひかりにたどらんしるべとして、こをちからにもとめ/\くれば、柱〔雪のころ、みちまどはぬ料に、みちのくのかたはらにいとたかき柱を立、あるは、くゐせをさせり〕たえて見えざるは、いかゞあらんとおもふに、つゞみ、かひ、かねをならして人の声どよみたり。
こは、いがゞと見るに、火のたかうもえあがりたれば、行すぢ、いとあき(明)に見えたり。
火のわざはひにこそありけれ。
や、ひとつあるにとへば、本荘(本荘市)といふ里といらへぬ。
いま家ひとつやけたるさはぎに行かひしげく、みちもたどらで、いさゝあゆみて里のはしに宿もとめたり。
あるじの女ともし火とり出て、あが袖のぬれたるを見て、埋火のもとにたもとをほしていねたまへなど、ねもごろ聞えたるに、
たび衣浦つたひきて寄る波のよるこそしらね袖はぬるとも
かんな月(十月)の朔の日すなご坂といふをこへて梅田(埋田‐本荘市)に至る。
比あたりのやま/\みな、もみぢたるが、さんごの梢立るごとに、こと木は露見えざりければ行がてに見つつ、山は、にぬる(丹塗る)かと行人のめづるに、
二月に咲花よりも紅の梅田のさとのにほふ?葉
みやうち、玉の池(本荘市)、相川〔つなふねの渡しあり〕(鮎川‐由利町)たてじ(立井地)、くろさわ、妙(明)法、滝沢川(以上由利町)といふへたに来けり。
此水上は鳥海山のみねより落て、水とければ、舟のくり/\としてつきぬ。
このゆふべ、前郷(マエコウ)(由利町)といふ村にいねたり。
二日 あさとくいで来れば、きのふの雨風なごりなふ吹晴て空いとよし。
をみのうち(大水口)、いかず(五十土)をへて、小菅野(コスゲ)(由利町)といふところの見えたるに行とて、
山陰に一すぢ見ゆるかよひぢや小菅のさとの冬がれの頃
がり(蟹)沢、なかの岡、山田、上条、きのふわたりし河をふたゝび渡りぬ。
あなたのへた、こなたの岸に葛をつなぎて、市にや行けんあまたの人を、ひまなふわたいたるを、
行かひはまさ木のかづらくりかへし引手あまたにわたす舟人
よし(吉)沢(以上由利町)にあがりて玉坂、前杉(矢島町)などいふところをくだりて、矢島の郷に泊る。
三日 霜すさまじ。
水みな氷ゐたれど空のあたゝかさ、いはゆる春ならん。
けふはうらふれにやあらん、こゝちそこなひて、よべの家に休らふ。
比里より汐(塩)越(象潟町)にゆくは、山をくだればいとちかしといへど、
雪の降けるにおぢて、本荘〔本荘にいたれば四十八町を一里として十二里のみちをゆきてけりとか。やんぢを行ば六里の道にて汐こしにいたるといふ〕におもむきてゆく。
魚うる海士のかへるといふは、はた/\といへる、いをあきなふ也。
こと国に見ぬいをなり。
この鰰(ハタ/\)といふ魚は、冬の空かき曇り海のうへあれにあれて、なる神などすれば、よろこびて、むれりけるとぞ。
しかるゆへにや、世に、はたた神といふ。
さるゆへならん、此あたりは冬に入て、なる神たび/\゛せり。南の国とはことなる空也。
文字のすがたも魚と神とをならびたり。
四日 鰰のいを、なにくれのいをうる市たちぬ。
五日 二箇部〔しほこしの辺のはまを、にかぶといふ〕に生れしといふあき人の云、過て来給ひし川?といふところの辺に、しらいとの滝など、おかしきが、みつあり。
こは、鳥海のみねより落滝、つながるゝなり。
それにかけ渡したる白木橋といふは、たづねて侍る奈曾白橋これなりといふに、
「いではなるなそのしらはしなれてしも人をあやなく恋わたるかな」
といふ名どころ也。
あまたの人にとひつつ、しらで過来しはくやしかりき。
たづねこし其かひなそのしら橋をしらであやなく恋わたりぬる
又ある人、寂蓮法師
「あまをぶねやそしまつたふ浪のうへにこぎのくあとは松のひとむら」
とのたまひしは、象潟にてやあらん。
八十八潟九十九森といふ一ふしの歌にてもしられ侍るといふは、いかゞあらん、しらじ。
六日 里過ぎ山越れば山河あり。
よべの雨にやまさりけん、水ふかくして舟わたさねば、伏見村(由利郡鳥海村)に宿かる。
乙女ら、ほださしくべて、むまだ〔科ともいふ木の也〕といふ木の皮を糸によりて袋にせりけるとて、是をつむじといふ物に巻て、手しろ〔手代といふなり〕もてすりまはし、又藤かづらを糸によるとて、よなべにせり。
此手しろの音のみ枕にひゞきけるとおもふに、とりの鳴てければ、
しづのめが手にとる糸のながきよをくりかへしなくくだかけのこゑ
なにくれとものおもへば、いねもやられず。
又いつかこゝにみつかん草枕一夜ふしみの夢の余波を
七日 けふも霙ふれば、ふねいださじなどいひあへるに、雪のいたくふりて、往来たゆばかり、は(わ)づらひとなりてければ、
けふも又おなじやどりに呉竹の伏見の郷にふたよ明なん
八日 きのふより雪をやみなくつもりて、わらやの軒にひとしくなりて、竹の林など、岡のごとくふしかくれたりけるに、
みどりなるいろこそ見えねおしなべて雪にふしみの里のたかむら
九日 やの上より雪のくづれ落るが、つちのふるひうごくがごとし。
日のほのかにてれば、梢の雪すこしちりて、むら雀など、がなたこなたに、すみかもとむ。