天明五年乙巳正月朔より四月のすゑまで、出羽の国おかちの郡のあらまし、小野小町のふる跡をたづねしを記したり。
胆氐波(出羽)のくに於雄勝の郡、飽田(秋田)のあがたにて年を越り。
天明五年正月朔、はつ日きらびやかにさしのぼる光に、雪の山々にほやかにみやられて、軒端とびかふ、むらすゞめさへづる声も、けふはわきて長閑なるおもひして、とに、いやたかうつもりたる雪を見つつ、
あさ日影匂へるまゝにふりつみし雪はみながら霞む俤
家ごとにさし入りて、ことぶきめでたしといふめる人の、こと葉ほこりかにしはぶきありく。
鴨柄はしらなどにかけたるいなほ、あはほのもちゐ、又おかのもちといふは、うがのみたま(稲倉魂)のもちゐならん歟.なりひさごのごとく、中くぼかにたいらかなるを、家にすむ男の数にあわして神に奉る。
かゞみもちは例のことながら、栗、柿、干蕨、鯡、昆布、五葉の枝そえて、遠つおや祭るとて、かゝるいをのなまぐさもいとはで、たま(霊)棚、仏のみまえにすえたるは、あがりたる世のふりおしうつらざるは、めでたし。
星をかざしておきいで、五千百回なゝ流れ、八潮の沢の七滝の水と唱へ、むすびあげたるわか水を、まづ、をさなき童よりのみ初て、老いたる人の手にて、かわらけとゞめたり。
人々、わかんみむすびのおほん前にぬかづき、此午前をはじめ、あか(閼伽)棚の上におけらのふる根をたきて、なみゐたる人もかき、身のうち、衣などにくゆらせたるは、ゑやみせぬをこなひとて、いたくこがしたるは、ふるきためしにこそあなれ。
雨、時のま降て神ひとつひびきたるは、としのゆたかならんさとしなりけむと、里の子、いやしよろこびたり。
二日 あられふり、雪となりて冴えたり。
ふり重りたる雪のなかより短くあらわれたる梢は、花をあざむくがごとく、ゆきのふりつもるもおもしろし。
こゝを柳田(湯沢市)といへば、
また雪のふる枝なからに白妙の糸うちなびく里の柳田
三日 凡きのふにひとし。
四日 湯沢(湯沢市)のうまやにかりて、山田なにがしといふ人のやに東海林〔東海林をしょうじとよむ〕なにがしとふ人ありて、かわらけとりて、ひたにわれにすゝめたるに、いなみがたくのぞめば、酒をたうび侍らすは、この湯沢ということを、かゝるうたげのこゝろもありて、とく作り出たまへ。
いたくもり侍らんとせちにきこえしまま、
たのしさよ千代もかはらずくみかわす湯沢の里の春の盞
五日 やのくまに、小松しげりたるを一もと立たるに、猫のかきのぼりて、ねう/\といさむ声も、日に/\春めき行こゝちせり。
六日のゆふべ七草はやすを聞ば、「とうどの鳥とゐなかの鳥と、わたらぬさきに、たんたらはたきにたらはたき」と声うちあげて、菜かたなもて叩く声家ごとにどよみたり。
七日の粥は、おほそうふる里におなじ。
万歳のうたいごゑ、あきのさし、ふくだはら、ぢちのこがねの箱など、家/\に、ものもらふ、かたゐ出入ありく。
いやしに人来れば、手かけのおしきに、うちまき、ほしがき、こんぶ、栗盛出てけるを、いさゝかぬかさげて、酒のかはりとて銭つゝみたるを扇にのせて、さしいだしてかへる。
又童べのくれば、やのあるじ、松の葉に銭貫きて、比馬やせてさふらふなどいひつゝやる。
松の小枝にぜにつなぐことは、いで羽、みちのくにゝありとかや。
八日 もろこしの空より、やまひの神渡り給ふをおひやらひ、やにいれじとて、くま/″\うちはらひきよめて、戸口の柱、石すへなどに、やいと(灸)一火せりけるを見をりて、
氷ゐしやま井の水やいとはやも解てながるゝ春は来にけり
九日 あしたより、うら/\とのどけし。
十日 岩碕(湯沢市石崎)といふところに行とて、鳴沢(湯沢市成沢)といふ村はしに、雪をわかちてながるゝ水のありければ、
きのふけふ山路は春になる沢の水こそみつれ四方の長閑さ
やがて其ところに至りて、石川なにがしが家にとまる。
けふ、はつかのえさる(初庚申)の日なりとて、ほたきや(台所)のうつばりに、おとこむすびとて、繩もて一ところゆひたり。
比とし、家にぬす人のこぬまじなひとぞ。
庚申すとて、かげのみだれこゑ聞てふしぬ。
十一日 けふは、日記せる牒のいはひといふことはてて、うがのみたまのみまへに、みは、すへもの奉りて、あるじをしたり。
いざ、よねぐらひらかんとて、雪にかくろひてうちのくらければ、灯を手毎にとりて入ぬ。
十二日 あしたはれて、ゆふべの空くもりたり。
十三日 きのふのごとし。
十四日 またのとしこしなりとて、なにくれとゝのへて、やのうちと、はらひきよむ。
午ひとつばかり湯沢に帰ヘり来たり。
夕ちかう門ごとに柳さしけるは、ためしにこそ。此柳を、
門にさす青柳の糸くる人のたもとになびく夕ぐれの空
十五日 けふは鳥追なりといひもて、しら粥に、もちゐひ入てくらふ。
狗、猫、花、紅葉など、いろ/\にいろどりたるかたしろを餅をもて作り、わりこに入て、わらはべ、家ごとに持はこびたり。
これを鳥おひくわし(菓子)といふ。
日ぐれちかき頃、小供等あまた、しろきはちまきをし、ちいさきかたなをさして、さゝやかの棒をつき、木貝とて、うつぼなる木の笛を吹て、うちむれてはやしたて/\里/\むら/\をめぐり、夜さりになりては、田むすびといひてわら十二すぢをむすび、大につヾきむすびたるを、田のひろければ世中よきためしにひき、はた、ちいさきむすびいくつもいでくれば、田のみのりすくなしと、さたせり。
又こめだめしすとて、よねを十二たびはかりて一とせのうらとふ。
埋火のへたには、女のわらは集りてもちやきすとて、ささやかにもちゐひきりて、ふたつならびに火にうち入てやくに、声どよむまでわらふ。
こは、すきたるためしにやあらん、女のかたより手いだしたるは、又、おとこゐよりたるはなど、これはかれ、かれはこれよとなづらへて、よともにしたり。