晴耕雨読    趣味と生活の覚書

  1953年秋田県生まれ。趣味は、山、本、音楽、PC、その他。硬化しつつある頭を柔軟にすべく、思いつくことをなんでも書いています。あわせて、江戸時代後期の紀行家菅江真澄の原文テキストを載せていきます。

おののふるさと⑦ 菅江真澄テキスト

十五日 森のした路のながれを左に、阪ひとつあがれば、谷かげを郡会鳴けるに卯の花のあれば、

 

   卯の花の波かけ衣たづね来てたえずかたらふ山郭公

 

西光寺のあみだぶち(現在誓願寺にあり、県重要文化財)は、いせの国の府にたゝせ給ふに、ひとしき作にてありけるよしをいふ。

麓より雪残りてければ、行/\袖さむし。

比山のいにしへをとへば、ある人の云、石田三成のいくさやぶれし頃、兵あまたうち死しけるなかに、伊勢の国の林次郎左衛門、みちのおく会津の渡辺勝左衛門、この国たる石山伝助、かゝる三人の武士命をまたくして、小野の里の石山がゆかり尋て来り、砂金ほるをわざにてかくれ居れり。

あるとき村山宗兵衛といふ人の夢に、神の告給ふことをしるべに、長倉山を越えて谷ふかうたづね入ば、見し夢に露たがふことなく、こはかしこしと、かゝる人々にもかたらひ、かねほる人あまたたづさへて、慶長十(一六○五)年にひらけ初たる銀のやまなり。

大床、小どこ、とひぶき、灰吹のとこ、石うちくだきて、しろがねとるかな槌の音、谷にこたへ、山にひヾきたり。

板に沙のせて、ゆりながし/\たり、奈(那)須のゆりがねも、かゝるものにやあらん。

女、あまた声をそろへて諷ふは、ざるあげ歌とて、砂をざるといふものに入て、これを水より上るにうたふ也。

銀ほる穴をしきといふ。此うち、いくばくかひろく遠からん、いとくらくして、かねより生るゝ永清く流れたり。

本のもとに分入て、

 

   あさつゆをはらへば袖に玉とちる光ことなる白銀の山

 

やがて院内にくだりてけり。

此里の御司、大山なにがしのうし隠れ給ふたるとて、御ほふりとなみせり。

歌などもめでたく聞え給ひたるに、けふは、けぶりとのぼり給ふとなげいたるを聞て、

 

   いやたかき其名は四方に橘のちりし軒瑞を思ひこそやれ

 

かみ(上)関(湯沢市)より小径に入て、ひんがし鳥海山といへるあり。

此峰は雄勝宮にして、いにしへ、駒形荘雄子骨山といひて、雄勝の尊を祭り奉りてけり。

雄勝、吾勝の二神にわたらせ給ふを、吾勝は陸奥に繰り返し祭り、雄勝は此出羽にまつりたるゆへ、しか雄勝郡といへり。

今は比雄勝の宮を相川大権現とゝなへ奉りて、さらに其ゆへしれる人なし。

夕くれはてゝ湯沢にかへりて、山田なにがしのやにいねたり。

十六日 氏英のやに行ば、あるじ、わがよみたる花の歌ありけるを見て、

 

   よしの山おくをつくして尋ぬともかゝる言葉の花はあらじな

 

と聞えたれば返し。

 

   色香なき言葉を花とみよしのや人の心の奥ふかくして

 

十七日 雨のふりけるつれ/″\のあまり、松井なにがしが家に遊びて、なにくれのふみ見ける中に、三浦道寸といふ人の書たるふるき歌あり、手などめでたし。

道寸は三浦荒治郎の親にてありける。荒治郎のくび、うらみおもひけるにやあらん、高き松の朶にかゝりて行かふ人をにらまひてければ、人、風のこゝちにふしなやみ、あるは、わらはやみしけるを、忠室善師杖をとゞめ給ひて木のうれあふぎて、

「現とも夢ともわかぬ一眠うき世のひまをあけぼのゝ空」

と戯歌ありしかば、其くび、つちに落し、むかしのものがたりにくれたり。

十八日 あたり出ありくに空かきくもり、恒ねの卯の花は、やがて咲べう見えながら日数へたり。

山かげの郷の桃も桜も盛なるに、ほとゝぎす、かんこ鳥の鳴に、故郷をしのび出てゆかし。

相しりたるあき人山吹の花折て、これは銀山の麓の里にて、もてまいりたるつとなり。

ねがはくば、是に歌ひとつあれといへるに、

 

   しろがねの色にはおはでやきがねのこがねとやみん山吹の花

 

去年の冬より、かなたこなたの人になりむつびてくれたれど、いつまで、かくあるべうもあらねば、みちのおく見にまからんとおもひたてば、人々にいとま申てんと、けふの夕附行ころ柳田(湯沢市)にいきたり。

ちかぢがの日わかれん、などかたる。

十九日 ていけ(天気)よし。

暮はつるころ、魚とる火ならん川つらに見えたるは、あびき(網引)せりけるといふ。

二十日 あしたの間くもりたり。河のあなたなる宮伝(湯沢市)といふところに行とて、貝沢を過て其村になりて、東海林なにがしのやにかたりて、桐の花咲たりけるに、

 

   陰くらき青葉をわきてめづらしな桐の花咲宿の夕ばへ

 

さゝきなにがしといふ、から歌よみける人来りて、円居にくれはてたり。

廿一日 雨ふる。

しばしのはれ間まち得て、貴船のみやのありけるにまうでたり。

こはいにしへ、みやこよりうつし奉る社にて、こヽを宮伝といふも、其ゆかりの名ならんと人のいびたり。

此社に奉る。

 

   おもの河わたりえし身のかひありてこゝにきふねの神ぞまします

 

廿三日 けふこゝを、二三日ありて出たつに、雨又ふり出たり。

あるじ、長きうまや路にきよといひて、あまづつみくれたるうれしさに、

 

   雨なみだぬるゝばかりの旅衣袖こそほさめ人の情に

 

あろじ桃二といひけるが、

「風薫る笠の行衛や田植時」

といふ別の句をせり。

佐々木なにがしとゝもにかたらひて、鎌剪といふわたりを越えて、何がしに別たり。

やをらかなや(金谷)に趣みちにて、けらこといふものをかづき、ざいもくになふたる翁にあひぬ。

見なりたる人なれば、なにくれとかたり来れば、此翁、松岡(湯沢市)のきりはた山は、むかし、あくる(悪路)王といふ鬼すみてけり。

そが妻なりける、たてゑぼしとて鈴鹿山のおくにありながら、夜な/\通ひ来りしといふは鬼のじち(術)ならん。

こはみな田村としひと(利仁)の大人にきられ、ほろぼし給ふなど、又田沢の邑の内野の岩あなとて、比うつぼ、あゆむほど〔一里斗ありけるよし〕遠くいたれば、石のつらにしなじなの貝、はた熊の蹄、猪しゝのつめなど生ひ出たる、名だがき巌窟もあり。

これらみな見どころあり、かへさのつとにいきたまへ、といひて別たり。

廿四日 新金谷村にいねたり。

此夕、風すざまじうふきおこりたり。

廿五日 ちかとなりの邑に、よめいりすといふに見にいきたり。

むこがねの辺に小宿とて、人のやに入ことあるに、一のもりといふ男、むかふ女をおふ。

もり木は五色のこうより(小撚)もてゆひて、此もり木をとりなをし左右の手に持も、天地和合などといひて、手のわざ、ゆへありけることにこそあなれ。

例のもり木を女のしりへにあてて、小宿によめをおひ入たり。

むこのやまでも、かくておひ行ことなり。

柳田(湯沢市)に来けり。

廿六日 女のわらは、とゞこ〔蛾をいふ〕の、はや一重ぬいだりなどいひもて、桑つみありきぬ。

高橋なにがしこともに、野遊すとて夏草ふみしだき、古河〔いにしへおもの川のながれたるすじなり〕といふ処に出たり。

去年こゝを鍬もてほりしかば、鮭の泡子いくばくもいでたり。

此川ながれしは五百年のむかしならんに、此いを土のうちに在ても、ちとせをまつといふためしもあればにや、といふ人あり。

比泡子日ざしあたりしかば、霜などの消行やうに、みなとけうせたりとかたりぬ。

こゝを過て野も山も、にぬりたるごとき躑躅の中にむしろしいて、かれ飯たうび酒のむ。

夏木だちの茂しなかより、鳥海山の雪は、ゆびもてかきながしたるがごとに見え、ひんがし鳥海の山のあなたに雪のまだらに残たるは、かむろ山〔神室山〕といふ、いかなる神の室やありけん。

霧機山は松岡山のうしろになりぬ。

かしこの雪のけちたるは、横手(横手市)てふうまや路のみたけなり。

此みねには塩湯彦のみやしろをあがめ祭る。

其あたりに雪か雲かとたどるは、阿仁〔あかゞねほる山なり〕山ならんか、ゑもや、みちのくにゝなだかき岩提にはあらじかしなど、めにあたるやま/\たけ/″\を見つつ、おもひつゞきたり。

 

   うすくこきみどりも秋は山姫の錦をるらしきりはたの山

 

はなだのやうなる布を、あつ/\とさして着たる、いときよらなる女、老人にいざなはれて行は小野の人なり。

あな、めでたの女と、人うちまもりたり。

小町ひめのゆかり残りて、いにしへよりいまに至て、小野の邑にはよき女いで来るとは聞ど、かゝるかほよき女は、世中にあらじなど酔なきしたり。

笠に音して一さはら雨ふるに、さ、かへらんと、つゝじ、わらびを、いたく折つかねて家路にいそぐ。

あす、かなや(金谷)にいかん。

廿七日 あしたよりくもリ、夜辺の空くらく星の光ひとつだに見なくに、郭公軒ちかう聞えたるは、すゞろにおもはれて、

 

   比宿の花たち花や匂ふらんこよひはちかし山郭公

 

廿八日 あたりの神がきをがみありく。

幸神といふ社には、おばしかた(陽形)の大なるも、ちいさきも、木に作りておし立たり。

さちいのらんためか、比神の祠、むら/\、里といふさとにみな祭り奉る。

廿九日 なゐふるに木草の露もこぼれて、柚ぬれ/\て金谷を出て、湯沢に近きところより雨ふりいでたり。

かくて其ところになれば、馬しらべとて馬いくらともなう、みちもせに曳出たるを、さぶらひ改て、ふみにしるすは、なにの毛の馬はこの春て待るといひて、馬の耳尾かみなど、きりてけるをみな書しるし、背の中おちくぼみ入て、ひさごの形したるを、せんどう馬とてあまた引出たり。

比夕、氏英のやにとまる。

あるじ、郭公をこよひのあるじ侍らん、くるゝより聞えてなどかたらへど、さらになかざりければ氏英筆をとりて、

 

   夜をこめてながかなかなん郭公聞ぬ限はぬるとしもなき

 

と聞えしを聞て、

 

   なかぬ恨山ほとゝぎすまつ風の吹さへそれとしのばれぞする

 

 

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