晴耕雨読    趣味と生活の覚書

  1953年秋田県生まれ。趣味は、山、本、音楽、PC、その他。硬化しつつある頭を柔軟にすべく、思いつくことをなんでも書いています。あわせて、江戸時代後期の紀行家菅江真澄の原文テキストを載せていきます。

そとがはまかぜ③ 菅江真澄テキスト

十二日 川ひとつわたりて百田邑(弘前市)を過て、名によぶ津軽野に出たり。

いまはつがのといひ、村あり、つが野邑といへり。

「みちのくのつがろの野辺の萩盛こやにしき木をたつるなるらん」

大久保(以下弘前市)、撫牛、堅田、和徳、広崎(弘前)の里にいたり、笹森といふ町の諏訪の家をとぶらひ、あるじ行宅のぬしにかたらひたり。

あるじは吉川惟足のうし(大人)のながれをふかくしたひ、いとねもごろに其すぢをとき聞えたり。

神司山辺行徳といふ人もとぶらひ来て、おなじ円居に更行ころ、あるじの書けるを聞ば、

 

   露ふかき蓬が本の草枕むすぶかりねやものうかるらん

 

といふうたなりければ返し。

 

   つゆふかきなさけは身にも忘れずよなれし蓬がもとの心を

 

十三日 間山祐真といふ人にいざなはれてその家に在りて、あるじ。

 

   さらぬだに秋は露おく草枕むすぶ旅寝やさぞうかるらん

 

返し。

 

   露なみだ物うき秋の旅衣かゝる情に袖やほさまし

 

ふたゝび祐真のいへらく、

 

   わかの浦にいく年波をかけつゝやみどりも深き松のことの葉

 

とありける返し。

 

   ふかみどり松にたぐふもはづかしなあだにかけ来しわかのうらなみ

 

このゆふべの円居に月見てんとて、人々比宿に集る。

あるじのいはく、

 

   秋は尚露ふかくともあしのやに一夜はむすべくさのまくらを

 

返し。

 

   草枕むすび馴にし露けさもこよひはしらじやどのまどゐに

 

あるじのめなる女りち子。

 

   友なひてがたりあかせよ草枕かりねの床の露ふかくとも

 

かへし。

 

   とひよりて友にかたらふ嬉しさにこよひは露も袖はぬらさじ

 

笹森建福のぬし。

 

   数々のひかりをぞそふわかの浦に年月拾ふ玉の言の葉

 

返し。

 

   たぐひなき光もそへでわかの浦の藻くずを玉とみがくことの葉

 

ふたゝび建福の云、

 

   帰るさもわすれぬるかな此夕こゝろ隔ぬ中の円居に

 

かへし。

 

   思ふどち心へだてぬなか垣やゆふべもしらじけふのまどゐに

 

夜、更にふけて暁の空のあかゝりければ、あるじ。

 

   わするなよ別て後も友に見し蓬が宿の月のあはれを

 

返し。

 

   別てもそれとしのびてみちのくの月のあはれをえやはわすれん

 

月も入ぬれば、ひぢ枕に明たり。

十四日 けふこゝをたゝんといふにのぞみて、律子。

 

   旅衣かさねてあはん折もがな引別行袖の恋しさ

 

返し。

 

   又もとはむことはいつともしらま弓引別行袖の露けさ

 

あるじとともに、高屋繁樹のかりをとぶらはんとて行に、細きながれをわたる。

名を土淵川といひていろ/\玉ひろふところ、世にいふまことのつがる石と呼ぶは、こゝのながれより出したり。

いまべち(東津軽郡今別町)の浦といふはあやまりとぞ。

此市路に行かふ男女は、やすの木といふきの皮のふみものをはきて、女はみな、しそといひて風呂鋪やうのものふむりてけり。

此ことそいひたる戯歌ならんか、

「顔のしはかくしぞ包む梅ぼうしむかしは花の咲しみなれど」

とかたれば、祐真、おとがひのはなる斗笑ふ。

やがて茂樹の家也。あるじ出むかへて、をそかりつるなどことをはりて、書つけて出しける歌に、

 

   かしこしないく海山かわかの浦の浪を分こし人にとはれて

 

返し。

 

   尋ねこし道は幾重の山かつらかゝるかしこき人を見んとて

 

ふたゝび、あるじ繁樹のいはく、

 

   いはねふみ重る山もけふいくか故郷遠くおもひ出らむ

 

   おもはずよいかで三河にすむ人に草の扉を問るぺしとは

 

   かたりあふ友にひかれてはる/″\の旅のつかれをしばし忘るや

 

   えにしあれや千里へだててこし人も馴てかたらふ友にまされり

 

此よくさの返しをせり。

 

   いはねふみ積る思ひのやま/\をけふ此宿にかたりあはする

 

   おもはずよ隔て遠きみちのくにすむてふ人と語るべしとは

 

   思ふどち語しまゝにつかれこし物うき旅の空も忘れて

 

   いくちさとしらで隔てし友垣になれてかたらふけふのうれしさ

 

又、こよひ逢ことのありけるは、うれしとも嬉しとて、さゝもり建福のいへり。

 

   嬉しさは包むに余る今宵かなきのふの暮に袖はぬれしか

 

この返しを、

 

   おもふこと月にくまなく語らなんこよひは身にもあまるうれしさ

 

たゞ比タぐれをまちまたれつゝつどふ人/\は、祐真、建福、あるじ繁掛也けり。

きぬいたの音頻に聞えければ祐真とりあへず、

 

   旅衣うちしほれぬる槌の音を草の枕に聞明すらし

 

返し。

 

   さらぬだにものうき秋の旅衣きぬたの音にうちもねられず

 

こよひの歌あまたあれど、みなかいもらしたり。

十五日 笛、つヾみ、うちどよめきて、さんげ/\ともろ声にとなへて過るは、此月の朔よりけふを限に、岩木山まうでのぼる、うばそく(優婆塞)ら也けり。

この御山開らけしはじめは延暦の頃(七八二~八○六)となん人の語ぬ。

其むかし、岩城の司判官正氏のうし(大人)の子ふたところ持給ふを、安寿姫、津志王丸と聞えたる、其たまをこのみねに祭る。

さる物語の有けるがゆへに、丹後国の人は、このいは木ねにのぼりうることかなはず。

又此みねの見え渡る海つらに、その国のふねをれば、海、たゞあれにあれて、さらに泊もとむることもかたしと、ふね長のいへり。

比たけの辺に赤倉といふ洞ありて、万字、錫杖といふふたつの鬼すみしといへり。

又、けぶりの滝とて水煙のみたち、おつろ水は雲などのごとにちり行おもしろき飛泉ありなど語り、はた、あか石の辺目屋沢(中津軽郡西目屋村)の奥に闇門が滝とて、二十余丈おちくなる、世に見ぬ滝もありと、見たる人々のいヘり。

名におふ月を、こよひ行徳の家に見てんとて、みちはしばしあゆみて其やどになれば、月さしのぼりぬ。

 

   うちむかふ心のくまも半天にみちてぞ澄る望月のかげ 祐真

 

   常よりもみるかげいとゞますかゞみくもらぬ秋の半天の月 建福

 

   いく千里くまなく照すこよひかなやまともろこし名にしおふ月 正乗

 

   たち出てむかへば月の影清み秋の最中の夜半ぞことなる     繁樹   

 

   名にたかくみちて澄ぬる月にけふ都の空もおもひこそやれ 行徳

 

   みな人の心にかねて松が枝のしげみをいづる望月のかげ

 

りち子のもとより、「十五夜の月」といふことをかしらにおきて、なゝくざの歌贈りける。

 

   しられけり須摩も明石も名にしおふ歌の最中の月にむかへば

 

   うちむれていざ見にゆかん更級や姨捨山の月の光を

 

   こよひ嘸おもひや出んあくがれて人はながめし更科の月

 

   やまの端を出てほどなくなか空に影澄渡る望月の月

 

   のこりなく月にしのばむ旅人のわけこし山の処/\を

 

   つゆ深き野辺に馴たるたび人は月のあはれも嘸やしりてん

 

   きて見るもさぞなかひなきみちのくの外がはまべの秋のよの月

 

おなじことに返しせり。

 

   しのびこしながめやすらん須磨明石なにおふ月の空に向て

 

   うち群て行ばいざなへ更級や姨捨山の月の友どち

 

   この夕さやけきまゝにしのばるゝいまさら科の月の光を

 

   やまの瑞を出初しより半天にくまなくむかふ望月のかげ

 

   のち山路分こし月になぐさめと今宵の空に似るかげもなし

 

   つゆふかき袖もしられて此名におふ月のとふもはづかし

 

   きてぞしるさやけき月もみちのくの外がはま浪よるのあはれを

 

例のころまであそびて、夜明ちかうなれば、やがて出たゝむといふに、別のつらさ、いかばかわりかうかりけるとて、しげきのいはく、

 

   わかれなば又逢事はしら糸のよるの衣の袖ぞ露けき

 

返し。

 

   くりかへし別れんかたも白糸の心ぼそくも思ひ引るゝ

 

まさのりのいへり。

 

   友に見し月はいく度めぐるともめぐり造べき折もしられず

 

かへし。

 

   ともに見し月はかたみのなか空にめぐり逢べき折やちぎらん

 

又、建福。

 

   ともにみる月もなみだに曇るかな夜半のまどゐのしたふわかれに

 

返し。

 

   わかれぢの空はなみだにかきくれて名におふ月もくもるとやみん

 

 

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