晴耕雨読    趣味と生活の覚書

  1953年秋田県生まれ。趣味は、山、本、音楽、PC、その他。硬化しつつある頭を柔軟にすべく、思いつくことをなんでも書いています。あわせて、江戸時代後期の紀行家菅江真澄の原文テキストを載せていきます。

はしわのわかば⑤ 菅江真澄テキスト

十二日 (宮城県)桃生ノ郡鹿股(カノマタ)(河南町鹿又)の有隣(アリチカ)ノ翁、ところ/″\尋ねわびて、けふも又あはでむなしく皈るなンど書て、


   尋ねこしかひもなぎさにすむ鶴のこと浦遠く声ぞ聞ゆる


とあるを見て、


   たちあそぶ方こそしらね友つるのうら珍らしきこゑのみはして


けふもこゝにかたり暮て、雨マばれ、庭の面におそ桜の咲たるに月のあか/\とさし出て、軒にかけたる無窮の額の文字さへしるく、庭に彳ミよみときて、


   楽しさはいつをかぎりもなかぞらに月あり花もにほふこのやど


十三日 胆沢ノ郡にいまだ咲のこる花あらむ、いざ見にいなんと大槻清古とともに、磐井ノ郡山ノ目を出て伊沢ノ郡衣川の橋を渡る。

衣の関(セキ)は、卯の木といふ処にいにしへ跡ありといふを聞て、


   時も今咲や卯の木のほとゝぎす衣が関をたち出てなけ


タ暮近く前沢をへて、六日入になりて鈴木常雄の家(モト)に訪(ト)ふ。

いにしへ此あたりはいくさのちまたにて、『続紀』(ミフミ)卅三巻、天宗高紹天皇光仁天皇の帝を申奉る〕宝亀五年云々、

「壬戌陸奥国言ス、海道ノ蝦夷忽発発シテ徒衆ヲ、焚橋ヲ塞キ道既ニ絶往来ヲ、侵シテ桃生ノ城ヲ敗ル、其西郭ヲ鎮守府之勢不能支ル、国司量テ事興軍討之」

云々なンど見え、また七年ニ月云々、

「庚辰発陸奥ノ軍三千人ヲ伐ツ胆沢ノ賊」

云々なンど見えたる地(トコロ)也。

むかしは蝦賊(エゾ)のみ多く住(スミ)たりけむ。

此鈴木の家(ヤ)の庭にいにしへより長者神と祭る社、いかなるよしにて祭り来るとも、また長者なンどいふ家(ヤド)ありし地(トコロ)とも思はれぬなンどいへり。

是を考(オモ)ふに、いにしへは姓に長者あり、また日本にて男子七人もたるを長者といふと『盛衰記』にもいへり。

また、今いふ駅(ウマヤ)の本陣といふを長者と云ひし事も見えたり。

『軍書伊勢物語』といふものに、在原ノ業平なンど将軍(イクサノキミ)にて、胆沢ノ郡に長蛇の備へをたてられし事見え、其いくさに勝利(カチ)あるをもて神をいはひ、そを、いましかけて長者神といへるにやなンど語らひ更たり。


十四日あるじ常雄、大槻清古なンどいざなひ連て水沢にいたり、しほがまの花見てむとて出たつ。

やゝその処になれば、みやどころいと/\くひろく、いつの代ならむ塩寵の御神をうつし斎(イハ)ひて、四ツの釜さへすゑまつる。

花の木あまたうゑにうゑて、けふを盛リと咲たるを人々うちながめ、歌よみ詩つくるをりしも雨いたくふりて、ぬるとも花のかげにやどらむなンどずンじつゝ見ありけば、雨はなほ、いやふりにふれば、ほゐなう人みな帰りいぬれば、我(オノレ)ひとり大林寺に入りて此寺の曇華上人を訪ひ、去年よりつもるなにくれと語り暮たり。


十五日 雨も余波なう晴たり。

けふも、きのふのみやしろの花見んとてあるじの上人をはじめ、此近きわたりの人々とともに、かの花のもとにいたる。きのふに引かへて、けふはけしきばかりの風もなく、その楽しさ、いはむかたなし。

神ぬしがひろびさしに人々円居して歌よみて、神に手酬(タフケ)まゐらせんとて社頭花といふことをよめる。


   うすくこき色はへだてど神垣に匂ふはおなじ花の真盛リ                    寛

戡(ヒロカツ)


   あすも又手向やせまし神がきに掛てぞ匂ふ花のしらゆふ          信包(ノブカヌ)


   玉垣の光もそひて咲花は神の恵のたぐひならまし             親賢(チカヨシ)


   ちはやぶる神の恵の色そへて御垣の花やさき咲匂ふらむ        僧 曇華(ドムグエ)


   芳野山こゝにうつしてさくら花あかずや神もみそなはすらむ        氏喜(ウチヨシ)


おのれも、人々とともによみて奉る。


   神垣の花の盛りをみしめ繩ながくもがなとかけていのらむ


タぐれ近くこゝを出て、大林寺に人々うちつどひかたらふほどに、けふの花見露ばかりもしらでなンどあり。

   とひ寄らむこと葉も波のへだてなく道しるべせよわかのうら人


と、常珍(ツネヨシ)といふ人のよめる返し。


   浅からずなれこしわかの浦人にこたへも波のよるもはづかし


小夜うち更るまでよめる人々の歌ども多かれど、こゝには記(ノセ)ず。


十六日 此寺の背面(ソトモ)の小田のあとロといふ処に、焼米(ヤイヨネ)をまきありく男(ヲノコ)あり。

何の料にしかするにやととへば、こは稲田に蝗(ムシ)のゐざる咒也といへり。

かくてくるれば、れいの人とら集ひ来けり。


十七日 雨ふれば、花あるかぎりはいつまでもこゝにありてなンど、曇華上人なさけ/\しう聞え給ふ。


   よしふらば雨にかさねん旅衣花にぬる夜の数ぞすくなき


十八日 ある翁のいへらく、近き山里に婚姻(ムカハサレ)あり。

片田舎(カタイナカ)にはことなる珍らしき事のみ多し、見せ申さむ、いざたまへといへば、此翁にいざなはれて水沢を出て、その山里に道はる/″\といたりて、婦(ヨメ)の隣の窓の内(ウチ)に在りてこれを見つゝしをれば、七戸(ナゝトコ)銹鉄水(ガネ)なンどをはりて其歯黒(ハグロ)母(オヤ)も来りて、外(ト)に莚(ムシロ)しき若キ女あまた来集(キアツマ)りて、此未通女(ヲトメ)が顔(カヲ)に糸剪(イトガリ)といふ事をせり。

そは麻苧(アサヲ)の線糸(ヨリイト)を左右の指(ユビ)にて、此糸をちどりがけにとりて曳磨(ヒキスル)に、顔(カホ)の生毛(ウブゲ)剃(ソ)りたる如(ヤウ)にみな落ぬ。

剃刀(カミソリ)てふものは用ひざるならはし也。

かくて髪結はて紅粉(ベニ)、白粉(シロイモノ)なンどによそひたてば、翁さしのぞきて、はや彩色(ニゴミ)しかといふ。

こは、此あたりにて物彩色(モノイロドル)事をにごむといへば、しか戯て翁がいへる也。

その婦人(タヲヤメ)に縁綱(エニノツナ)とて、能狂言儛(ワザツギマイ)婦人(ヲトメ)の鬘布(カツラ)の如に額よりあてて、後(ウシロ)ざまにむすび下ゲぬ。そは白布あり、紅布あり、麻布や絹布あり。

福者(トミウド)なンどは此縁綱(エニノツナ)、ことさらに長し。遠きは馬、近きは歩行(カチヨリ)して婿(ムコ)の家近けば、先(マツ)あら男(ヲ)、新婦(ヨメ)を負(オ)ふ也。

その負(オ)ふに肩荷布(スクヒ)、またいふ守布(モリデ)とて八尺(ヤサカ)斗りの布をもて負(オ)ひ、また守木(モリギ)とて二尺(フタサカ)あまりの丸木〔勝軍木(カツノキ)にて作る、老いて死たる死骨を、此の木を箸として拾ふ也〕を二本(フタキ)紙二重に包て、水引もて陰結(ヲンナムスビ)、陽結(ヲトコムスビ)といふ事して、此守木(モリギ)に婦人(ヨメ)の腰掛(コシサセ)て負ひもていたれば、聟の門に菅莚(スガムシロ)重敷(カサネシキ)ぬ。

聟の莚を上へに婦(ヨメ)の莚を下タに重ぬべきを若雄等(ワカヲラ)、婦(ヨメ)の莚を上へに布(シキ)てむとあらそふ。

壻(ムコ)の莚の下になれば聟の方のいみじき恥(ハヂ)なれば、互に小刀(コガタナ)手毎に持て大あらがひせり。

老たる人出て、是を貰ひといふ事して左右(ミナ)しづまれり。

ニツ結びのあぶら少竹筒(サゝエ)、あるは守木(モリギ)のうけとり渡しに天地和合の掌(テ)、入リ手、出(ヒラキ)手なンどあり。

聟の袴もて出て、嫁を重ね莚におろして水を飲(ノマシ)め、かの袴を婦人に着ぬ。

そは前襞襀(マへヒダ)を後(ウシロ)へ、後腰(ウシロゴシ)を前へに当(アテ)て、聟の家の横座(ヨコザ)踏(フメ)ば袴は取(ヌギト)りぬ。

此夜はゆめ/\蠟燭を用ひず、みなあぶら火、巨松也。世に八寸台といふものを九寸といひ、平器(ヒラ)てふものを角(カク)といひ、その外古実(フルメケル)風(フリ)多し。

かくて夜ふかく、馬にて水沢に皈りつきたり。
かねて、一夜をやどりねなンど、ねもごろ聞えたりしかば祥尚(ヨシヒサ)の家(ヤド)を訪(ト)へば、あるじ、まちわびつるなンどかたらひ更て、祥尚。


   いひ出む言葉は露も夏ノ夜の庵にやどれる月の涼し


とありける返し。


   ことの葉のつゆの光もなほはえて心涼しき月の小夜中

 

 

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