十日 あさいして、日たけて起たり。
けふは、此江刺ノ郡黒石(水沢市)ノ行道の家に在りて人々と歌よみあそび、あすなん胆沢にいなんなンどいへるに、とみなる事とてふみもて来れば、こを見つゝ常雄は皈り去(イエ)き。
よべよりこゝに、めくらほふしども来宿(キヤド)りたるをよび出れば、南部閉井(伊)ノ郡の浦人、宮古(ミヤコ)の藤原(宮古市藤畑カ)といふ処といへり。
語りさふらへといへば紙張の三絃とうだし、こわつくりして、尼公物語とて、佐藤庄司が家(ヤド)に弁慶、義経、偽(ツクリ)山臥となりてやどりし事を語り、をへぬれば小盲人(コホフシ)出て手をはたとうちて、それ、ものがたり語りさふらふ。
「黄金(コガネ)砂(スナ)まじりの山の薯蕷(イモ)、七駄(シチダ)片馬(カタマ)ずっしりどっさりと曳込(ヒキコシ)だるものがたり」
また
「ごんが河原の猫の向面)ムカツラ)、さるのむかつら」
「鉅(ナタ)とられ物語リ」
「しろこのもち、くろこのもち」
などかたりくれたり。
十一日 もろこしの外にも大和ノ国、また此処(コゝ)にも、竜門の滝とておもしろき滝のありと聞て見にいたれば、木々深く落たり。
松柏高きいはねにたつの門梢にかゝる滝の涼しさ
蕨の岡といふ処に、擲躅(ツゝジ)の盛なるを見つゝしばしありて、
夏草にまじるわらびの岡のべにをりたがへてやつゝじ咲也
行道をわかれて、北上川わたりて常雄のもとにつきたり。
こゝに二日三日と日をふる雨ばれをまつに、前沢の杉ノ目真門といへる人訪ひ来て、今一日(ヒトヒ)二日(フツカ)ばかりわがかたにありてよ、あまりとみにいそぎたちける、いざ/\といへれば、真門にいざなはれてくら/″\に前沢につく。
十九日 けふは、つとめてこゝを出たゝまくよそひすれば、あるじ。
わかれ行人に余波をおくの海の波かけ衣いつかほすべき
と真門のいへる返し。
おく海のなみかけ衣袖ぬれてふかき情をいつわするべき
片雲禅師、いましばしはありてなど聞えて、
秋風も吹来ぬ空にたちかへる人をとヾめよしら河の関
とある返し。
言の葉にさそふ秋風身にしみてこゝろぞとまるしら河のせき櫐
秋房。
別れても時しあらばと行人の皈らむほどを松しまのうら
返し。
たび衣かさねてとはむまつしまやなごりをしまのけふのわかれ路
要寛といへる翁。
とヾめてもこゝろ止らぬたび衣袖の別にのこる言の葉
とある返し。
ふるさとにたちかへるともたびごろもかさねてこゝにまたかたらなむ
六日入りに皈る路すがら、蓬■(草冠+櫐)(イチゴ)いと/\多く花咲たり。
くるゝともふみはまどはじみちのべのいちしの花のいちしろくして
かくて暮ふかぐ至る。
廿一日 雨の晴間加美川を見れば、ちひさき舟どものこゝかしこよりこぎ出(イ)で、あるは夏草しげりたる中を白帆ひきつゝらき、田の面には、やがてうゑわたらむ料に、こひぢかいならし、長やかの竹綱して馬くり廻しありく。
その竹綱(タカツナ)とる女を、させごといふ。また畔どなりには早苗採(ト)り、家(ヤド)/\にては養蚕(カフコ)にいとまなみ桑こきちらし、けこ、ちゝご、たかご、ふなご、にはごなンど、女ノ童(ワラハ)桑とりありく。
また田うゝる日は上下なそへなう、いと/\長き萱(カヤ)の折筯(ヲリバシ)にて、ものくふためし也。
田面に在りては、朴のひろ葉の小豆の飯(イヒ)は、いづこもおなじ。
廿五日 うゑわたすさなへ見なんと、人々とともに畔伝ひ行ケぱ、いくばくならん、菅笠(スガカサ)白/\と千町の面に見えわたり、森かげに卯の木の咲たるを、それも時とて、早丁女(サヲトメ)花といへり。
菅笠の雪かあらぬさなへとるたもと涼しきさをとめの花
廿六日 あしたより雨いたくふりぬ。去年こと义る聟(ムコ)なンどは、田面のをとめらに泥(コヒヂ)うたれて、どころまみれになりて身も重げに彳ムを、はと、うち笑ひては、また祝(イハ)ひすとて打かくるに逃迷ふなンど、どよめきわたり、家(ヤ)は飯(イヒ)かしぐをさめ、蚕養(コガイ)する丁女(ヲトメ)のみにて、植女(ウエメ)は星をかざして田面によそひたち、ひねもす雨露にぬれそぼち、くれて螢のたもとにすがるころ、やに皈り来て、ふす間なき夏、夜に夢もむすばぬいとなさ、おもひやるべし。
此早苗採(ト)りうゝる日に雨ふれば豊年(トヨトシ)也とて、ぬるもいとはでよろこびあへり。
うべも古キ歌に、
「さなへとるけふしも雨のふることは世のうるふべきしるし也けり」
廿七日 雨のいやふりにふりて田井も溝(ウナデ)も水うち溢(アフ)れ、千町の面はさヾ波うち渡り、北加美(キタカミ)川の流れ込厶小川なンどに舟さしめぐらして、鱒(マス)、鱸魚(スズキ)漁(トル)もあやうげ也。
こなたのあげた、くぼ田に、早丁女むれり。
ぬれ衣ほすまも波の袖こえてさなへとる也五月雨のころ