「中国の詩人」を読んでいたのが、20代の終わり頃だった。
そして今、それを再読している。
それよりもさらにさかのぼって、高校生だった頃に、日本の詩人たちの作品を読んでいた。
角川文庫の「現代詩人全集」である。
角川書店から、全10巻で刊行されていた。
1960年から1963年にかけて、順次発行されたらしいので、私が高校に入学した1969年には、すでに全巻そろっていた。
これも、また読んで見たい気持ちになり、さっそくアマゾンで検索してみた。
全10巻のほとんどが、見つかった。
一冊、300円から800円くらいで、プラス送料300円といった感じである。
まあ、50年以上前のものなので、その頃の値段からすれば高いだろうが、こんなものだろう。
ところが、第3巻と第8巻だけが、やけに高い。
2000円近くするので、これは今回パスする。
とりあえず、残りの8冊を注文すると、すぐに届いた。

この全集は、1〜4巻が「近代」、5〜8巻が「現代」、9〜10巻が「戦後」となっている。
明治15年(1882)の「新体詩抄」から、わが国の詩の歴史は、80年を数える、と編者の村野四郎氏と伊藤信吉氏は、述べている。
「新体詩」ということばを使ったのは、単に「詩」だと「漢詩」を意味するので、それと区別するためだと、どこかで読んだ記憶がある。
そして、それぞれの時代に詩の発展に寄与した詩人の業績を精査し、詩人207人、作品3000余篇を収録したとしている。
当時、高校一年生だった私は、この詩集をかなり真剣読んでいたと思う。
あらためて読んでみると、特に第1巻は、なかなかにおもしろい。
時代としては、明治中期から後期ぐらいだろうか。
第1巻の収録詩人は、つぎのとおりである。
北村透谷 國木田獨步 宮崎湖處子 太田玉茗 森鷗外 島崎藤村
土井晩翠 與謝野鐵幹 與謝野晶子 兒玉花外 河井醉茗 伊良子淸白
木下杢太郞 石川啄木 有本芳水 野口雨情
ほんとに、そうそうたる顔ぶれである。
こんな人も、詩を書いていたのか。
日本の文学を語るうえで欠かせない、誰でも知ってる人。
名前だけは、よく聞くことがある人。
どこかできいたことのある名前、そんな感じである。
高校生の私は、音楽少年、映画少年であると同時に、詩を読む少年でもあったのだ。
たぶん、小学生の頃に、宮澤賢治の童話や詩にであったのが、きっかけだったと思うが、はっきりとは覚えていない。
ただ、小学校の5年生の時に、クラブ活動で「文芸クラブ」に所属していた記憶はある。
どんな活動していたのか、他に誰がメンバーにいたかなど、ほんとに曖昧である。
本を読むことは好きだったのだろう。
でも、6年に進級する時に、野球部のマネージャーやらないかと、担任で野球部監督の先生に勧誘されて、野球部に入ることになった。
運動が得意でもない私は、その後中学時代も野球部にいて、合計4年間をマネージャーとして過ごして、「文芸クラブ」とは、縁がなくなった。
それでも、高校生になってこの全集を手にしたのだから、ずっと詩に対して関心を持っていたのだと思う。
8冊の文庫本のうち、3冊は初版本だった。
その頃はまだ、奥付けに定価が印刷してある。
その後、再版されるようになると、帯に定価が印刷してあるようになっている
高度経済成長期で、インフレ状態になっていく中で、そうでもしないと対応できなかったのだろう。

日焼けで変色してしまって、セピア色というよりも、どす黒いような奥付けを見ていたら、その次のページに、「創刊の辞」があった。
そういえば、そんなページがあったのは気がついていたが、しっかりとは読んでいなかった気がする。
角川源義氏による「角川文庫発刊に際して」と題する1949年5月3日付の文章である。
あらためて、読んでみた。
「第二次世界大戦の敗北は、軍事力の敗北である以上に、私たちの若い文化力の敗退であった。私たちの文化が戦争に対して如何に無力であり、単なるあだ花であるかを、私たちは身を以て体験し痛感した。」
そして、
「祖国の文化に秩序と再建への道を示し、この文庫を角川書店の栄えある事業として、今後永久に継続発展せしめ、学芸と教養との伝導として大成せんことを期したい。」
明治以来、80年間にわたる詩の成果を、全集として編集するにあったって、ハードカバーの立派な製本にせず、文庫本としたことは、意義のあることだったと思う。
だからこそ、高校生だった私が、全集十巻を手にすることが、できたのだから。
明治元年は、1868年であり、私が高校に入学した頃は、世間では「明治100年」と騒いでいた。
それから半世紀過ぎて、昭和元年は1926年だったらしいので、来年が「昭和100年」である。
いや、今年なのかな。
「現代詩人全集」が刊行されてから、すでに60年以上が経過している。
この全集の続編が、作られていいのじゃないか、と考えていて、気がついた。
この60年間の詩人たちと言ったら、誰だろう。
ひとりも、思いつかなかった。
いったい、どうしてだろう。
参考までに、現代詩人全集第10巻「戦後2」の収録詩人は次のとおりである。
秋谷豊 藤富保男 長谷川龍生 堀川正美 茨木のり子 石川逸子
中江俊夫 中村稔 大岡信 澤村光博 関根弘 嶋岡晨 新藤千恵
谷川俊太郎 寺山修司 富岡多恵子 山本太郎 安水稔和 吉野弘 吉岡実

当時、高校生だった私にとって、時代的に最も身近だった詩人たちであるはずなのに、ほとんど知らないのである。
いわゆる現代詩の存在感が、一般的に薄くなってしまったのかな。
教科書に載っていた「谷川俊太郎」や、のちにフォークの作詞家として知った「寺山修司」や、たしかこの詩集で知った茨木のり子さん以外には、詩人として詩とともに思い出す人がいない。
ただ、考えて思いついたことがある。
私が高校生になった頃に、フォークソングの時代が始まった。
それ以前にも、アメリカのフォークソングの影響を受けたであろう「カレッジフォーク」というものはあった。
それまでと違って自作の曲を歌うことにこだわったフォークソングは、ちょっとちがっていた。
吉田拓郎の曲を聞いた時の衝撃は忘れられない。
「イメージの詩」
これこそはと 信じれるものが
この世にあるだろうか
信じるものが あったとしても
信じない素振り
悲しい涙を流している人は
きれいなものでしょうね
涙をこらえて 笑っている人は
きれいなものでしょうね
こんな文章を歌にしようなんて、誰も思わない頃に、この歌を聴いた。
今だったら、なんてことはないかもしれない。
フォークの歌手のレコードで買ったのは、この二人だけである。
二人とも、詩人という呼び方がふさわしいシンガーだった。
それまでの、詩人の役割をフォークシンガーが果たすようになったのかもしれない。
他にも、詩人という言い方が相応しいような人が、多くいる。
作詞家と作曲家と歌手が共同作業で作り上げたのが歌謡曲の世界だったとしたら、それをひとりでやろうとしたのが、フォークだったのかな。
もちろんフォークの世界も、玉石混淆であり、歌謡曲とほとんど違わないものもある。
でも、それまでの詩人の精神を受け継ぐものが多くあるのは確かだと思う。
私が、この詩人全集の詩人の中でお気に入りをあげようとすると、「中原中也」になると思う。
考えてみると、彼の詩の持ってる音楽的なところに惹かれていたのだろう。
フォークの歌詞を調べようと検索していたら、「うたネット」というサイトがあった。
そのページをながめていると、おもしろい。
あくまでも、歌の一部である歌詞のとして作られたのであろうが、曲を知らずに詞だけを見ていても、楽しめるものがあるのだ。
現代詩人全集の編者だった村野四郎氏、伊藤信吉氏、神保光太郎氏、鮎川信夫氏とも、すでに亡くなっている。
もしも、この方々が続編を作るとしたら、どういうものになるのだろうか。