晴耕雨読    趣味と生活の覚書

  1953年秋田県生まれ。趣味は、山、本、音楽、PC、その他。硬化しつつある頭を柔軟にすべく、思いつくことをなんでも書いています。あわせて、江戸時代後期の紀行家菅江真澄の原文テキストを載せていきます。

米という難儀なもの

世の中にでは、常識では考えられないことがおこる。

まあ、私の常識と、世間の常識は同じではないだろうし、日本の常識と世界の常識もちがうだろう。

今、日本を混乱させている米の問題も、私からすると不可解である。

補助金を出して減反によって生産量を調整してるような国で、突然米の値段が2倍になるって、どういうことなんだろう。

どうも、政府は米の流通過程を、ほとんど把握できていないように思える。

まさか、把握してないふりをしているのではないと思うが、どこまで信じられるのかわからない。

 

私は、ご飯は好きである。

でも、パンも好きで、自分でパンも焼く。

もちろん、パン焼き器がやってくれるのだが。

麺類も好きで、日本そば、ラーメン、焼きそば、どちらかというと、カタ焼きそば、揚げ焼きそばは、よく食べる。

だから、三食ごはんでなければ、というわけではない。

でも、選択範囲に、お米は必要である。

 

ずいぶんと前に、「食という難儀なもの」という文章を書いた。

調べてみたら、4年前のことになる。

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このタイトルは、「難儀(なんぎ)」ということばを使いかったのだ、と思う。

農村で育ったのだが、大人たちがこの「難儀」ということばを使っていた。

どうして「米」について書いたのかというと、米の単位である「石」というのが、人間が1年間に食べる量であるということを、知ったからだったと思う。

もしかすると、すでに知ってはいたが、それを思い出すきっかけがあって、書いたのだろうか。

宮澤賢治の「アメニモマケズ」をとりあげているので、これがきっかけかも知れない。

結論としては、たしかに一石は人間一人が、一年間に必要とする米の量だった。

1石=10斗=100升=1000合であり、米1000合である。

そして、朝昼夕と、1合ずつ「ごはん」を食べたとして、計算してみる。

3合✖️365日=1095合 となる。

つまり、1石9升5合である。

まあ、だいたい1人1石ということになる。

宮澤賢治の「アメニモマケズ」では、「 一日に玄米四合と 味噌と少しの野菜を食べ」となっており、1日4合である。

これで、計算すると、

4合✖️365日=1460合となり、人間1人1.46石必要である。

1日4合というのは、量的にかなり多くて、茶碗ではなく丼の感じだろう。

賢治は、街育ちだったが、農学校の先生だったので、農民の感覚ということだろうか。

米4合とすれば、加賀百万石が養えるのは百万人ではなく、目減りして七十万人弱になる。

 

私の郷里秋田は、たしか二十万石だったな。

もちろん、人間食べるだけではなく、それ以外にいろいろと経費はかかるので、計算どおりにはならない。

大名や旗本などは、「石」だったが、それよりも下級の武士たちは、「扶持(ふち)」を支給されてたはずである。

調べてみたら、こうなっていた。

 

「主君から家臣に給与した俸禄。江戸時代には、一人1日玄米5合を標準とし、この1年分を米または金で給与した。(デジタル大辞泉)」

 

支給された俸禄から、食糧分を差し引いた残りで、生活の経費を賄ったわけである。

なかなかに、たいへんなことである。

 

私は、農家育ちなので、米の問題になると、過剰に反応してしまうところがあるかも知れない。

父は、農業の他に山師という本業を持っていたので、兼業農家だったことになる。

兼業とは言っても、畑作とともに稲作もやっていた。

水田は二ヶ所、畑は、記憶によれば四ヶ所くらいにあった。

水田は、二ヶ所とも、自宅から遠く離れた所にあった。

我が家で飼っていた牛が引く牛車に揺られて、家族みんなで遠くの水田まで、田植えや稲刈りに出かけた。

雪国なので、馬や牛は人間が住む家の同じ屋根の下に、家族のように暮らしていた。

もちろん、土間を挟んでいる。

それが、幼い頃の記憶である。

 

米について、他にもこのブログにいくつか文章を書いている。

過去に遡ったら、ふたつほど見つかった。

 

どぶろく特区と自家醸造」は、自分が育った秋田県北部が、全国一の「密造酒地帯」だったということを知った時の驚きを描いたものである。

密造酒=どぶろくであるが、我が家でも造っていたので、身近な存在だった。

それが違法な行為らしいのは、子どもながらに知ってはいた。

でも、今考えてみても、自分で造れる「どぶろく」ではなく、高価で手の届かない「清酒」を買って飲めというのは、無茶な話である。

その頃の農家には、ほんとに限られた現金収入しかないのだから。

その頃の記憶をたどったら、「どぶろく」を「米」と物々交換していたことを思い出した。

どぶろく1升」=「米1升」だった。

その頃は、考えもしなかったけれど、1升の米から、何升のどぶろくができるものなのだろう。

これを、現在の価格に換算してみた。

米1升が1.6キロくらいで、10キロ4000円で計算してみたら、640円になった。

これだと、現在売っている最も安価な清酒の値段に近い。

この記事を書いた頃は、10キロ4000円のものもあったが、現在はこの2倍以上になっている。

なんという、ことだろう。

 

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もうひとつの、米についての文章が、「八郎潟手賀沼」である。

 

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これは、私の郷里秋田県での、八郎潟干拓事業と並行して始まった米の減反政策について、考えたものだ。

小学生の頃、八郎潟干拓が、国策として大々的に行われていた。

全国から、大規模農業を目指す農民が、続々と入植していた。

ところが、入植が始まってすぐ、米の減反政策が始まり、そのうちに入植は中止となる。

一旦、再開するが、結局は取りやめになっている。

そして、米を作らなかったら補助金を支給するという、不思議な減反政策を続けることになる。

そんなトンチンカンな農政のツケが、今まわってるのか。

今頃になって、米価が安すぎたとか、訳の分からない話が出てくる。

問題は、そこではないだろう。

これからの、この国の稲作をどうするのか、ということだろう。

 

八郎潟干拓により、米の生産量を増大しようという試みが失敗したのは、米の消費量が減少したからである。

干拓事業が進行していた1962年が、日本人の米消費量が最大だった時期だという。

1人あたり118.3kgだったのが、年々減少して、2022年には50.9kgなので、半分以下になっている。

それでも、1人が1年で、あの5kg入りのビニール袋の米を、10袋分食べると思うと、すごいと思う。

 

我が家や稲作をやっていた頃は、ほとんどすべて人力であり、せいぜい馬や牛が使えるくらいだった。

それが、日本の高度経済成長とともに、農業も機械化されて行く。

田圃の真ん中にあった我が家から見える風景も、どんどんと変わっていったのである。

そのうちに、我が家は村を離れ、街に引っ越した。

稲作を考えると、馬や牛がやってたことを、荷物運搬のためのトラックになり、田畑を耕すには耕運機が必要になる。

人間が総出でやっていた田植えや稲刈りは、田植え機と稲刈り機という高価な機械がやるようになる。

もう、小規模な兼業農家が稲作をすることはできないし、専業農家でもよっぽど大規模でなければ、高価な農業機械を維持して行くことはできない。

 

現在の日本の農村が、いったいどういうことになっているのか、私にはよくわからない。

村を離れてから、60年にもなるし、その後数えるくらいしか、村を訪ねていない。

私にとっては、最も身近な農家だった父の実家も、今は無人になっている。

かつて、米消費量が減って、余剰米が問題になった時に、普通ならば、余った分は輸出すればいいんじゃないかと考える。

ところが、日本米は値段が高すぎて、輸出どころではない、ということだったようだ。

でも、今なら日本米は美味しいからということで、他国でも売れる、と聞いたことがある。

今でも、国内ではブランド米から、複数産地米など、値段は大きな幅がある。

私は、米についても、選択対象が多い方がいいと思う。

世の中には、私のように、それほど米の産地や味にこだわらない、とりあえずまあまあ食べられればいい、という人もいる。

値段が高くても、美味しければ買いたい人もいる。

安ければいい、という人は当然いるだろう。

とにかく、選択可能な範囲が広いのがいいと思う。

 

この文章を書いていて、思い出したことがある。

子どもの頃、陸稲の畑を見たことがある。

「おかぼ」と呼ばれていた。

稲は、ほとんどが水田で作られている水稲で、陸稲はめったになかった。

最近、カリフォルニア米などというのを聞くが、カリフォルニアに水田があるのかと思ったので、調べてみた。

カリフォルニア米は陸稲らしいことが、分かった。

種まきも、セスナやヘリコプターからやるらしく、日本の田植えとは全く違うようだ。

ただ、日本から持ち込んだ水稲の種を使う農民もいるようなので、一緒くたにはできない。

いずれにしても、日本の米とは別物である、と思う。

食に対する感覚は、人それぞれ多様なので、米についても選択肢は多い方がいい。

そこから、日本の稲作が将来どのようにあるべきか、考えなければならない。

テレビのニュースを見ていたら、日本の米の流通過程には、なんと卸業者が五重の構造になっているということだった。

「五重」というのは、もはや想像を絶するする世界である。

このわけわからんものを、とりあえずはなんとかしなければならないのだろう。

担当大臣が、現在これに立ち向かっている、ということになるのだろうか。

 

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