晴耕雨読    趣味と生活の覚書

  1953年秋田県生まれ。趣味は、山、本、音楽、PC、その他。硬化しつつある頭を柔軟にすべく、思いつくことをなんでも書いています。あわせて、江戸時代後期の紀行家菅江真澄の原文テキストを載せていきます。

いわてのやま④  菅江真澄テキスト

南にはるかに見やられたるはおどけが杜にて、栗原(宮城県)の三の迫に在り。
この艮に近きは明神山といふ、こは柧木田(ハンノキタ)村(北上市)に在り。
又、躑躅が比良とて口内(クチナイ)邑(北上市)に在り。
はた、まとらのかたに人首(ヒトカベ)(江刺市)の物見山、卯のくまには伊手村(江刺市)の河原山(阿原山)、横瀬(江刺市)なる女国嶋、おくにしまやま、小田代山、巽に見えたるは太田代山、黒石山、長部山、独活の森、こは舞草に在りて、いにしへ(藤原)時平のをとゞを祀りたりしところにて、そのをとゞのもたまひしといふ、観世音をおきて、いま、をとゞの森ともしかいふ。
うどのもりとは、しかすがにみなよこなまりて、うとの観音とはいへり。
いなせの渡りはいづこ、あしこの男岡のかなたを、むかしはわたいたれど、いまは相去リのうまやぢに通ふ岩城(シロ)川といふ。

 

「道奥の門岡山のほとゝぎす稲瀬のわたりかけて鳴也」

 

とは、円位(西行)上人の歌と、もはらこの国にさた(沙汰)せりなど、つばらにかたり聞えてけり。
此ながめおしけれど、日もやゝ西にかたぶけば、翁にいとま申せば、黒川郡(宮城県)の七森、岩(磐)井の郡なる霧山絶頂の、あくろ(悪路)王がすみつるあたりは、秋ならでは見ゆまじきに、又ものぼり来ませとわかれて、楼をくだりてあないのいふ、こたびは左に落んとて、さいたつ。
老法師あせおしぬぐひて、ことなうなど、極楽寺の軒にまくだりに門岡村(北上市)に出て、あない去ぬ。このあたりに、雀の宮といふさゝやかなる社のありと、かねて聞しかば、とひたづねても、いづことしらず。このすゞめてふ名の、しづめおかの神(式内社鎮岡神社)の御名にいさゝか相似たり。
かくいひはぶき、いひあやまれるたぐひいと多し。
いま陣が岡に祀れど、まことしからざるよしをいふ人あり。
鎮、陣、こゑの似たればしかいふにや。
もとも陣が岡もいとふりたるところ、右大将頼朝も、そこに旅寝しおましませしことなどありきと、おもひ出たり。江刺郡の一座鎮岡神社は、埴安の神をあがめ祀ると伝へ聞し。

 

   かしこしなあらぶるとてもぬさとらばこゝろしづめの岡の神籬

 

こゝより手酬奉る。柧木田(北上市)の村をさ及川胤修がもとに、くれて宿つきたり。
あるじの翁、こゝろある人にて一夜を語る。

 

廿五日 空のいとよけん。さりけれど、きのふの水いとふかく、いまだ北上のふなわたりあらざれば、おなじ翁と、ひねもす話りてこゝにくれたり。

 

廿六日 あるじ、つぶねを呼て山路のあないにつけとて、此男の行にまかせ、しりにしたがひて出たつ。
村のうなひめ夏?(ナツゴ)かふとて、このとゞこの中には、かねご多かるなど桑の葉こきかくる。
とゞこは尊しといふこころにや。
科野(信濃)の路にては、たふとさまなどいへり。
かねごは死たるをいへり。
いくほどもなう南部のさかひに入て、黒岩(北上市)といへる村に入くれば、家ごとの門の柱の左右にわらのかたしろを作りて、弓箭、つるぎをとらせて、それがくびより、しとぎやうのものを、すゞのごとくかけたり。
風などをひし/\と人のやめば、かゝる人のかたしろをつくり、もち、だんごにても、家/\にすめる人の数ものして、人ごとに身のうちを撫で、糸につらぬきかけて門にゆひ立ておけるとか。
はた、里などにては阿叫(おたけび)の鬼とて、紙に面のみかいて、にぬり、串にさしはさみて軒にさしてけるも、ふりことならずと、あないのいふ。
このあないにわかれて、かみ川のわたりをし、二子(北上市)といふ村をへて、はいま(早馬)のつかひの行かふは、うまやぢ(北上市宿)になりぬ。
花巻の里近うなりて、頼朝の、槻の木のもとに上箭ふたすぢを射立て、これを神に奉りて、いのりし給ふたるはこゝにて、植槻といふ、今いふ筆塚ならんか。
相しれる伊藤なにがしといふくすしは、三とせのむかしもかたらひてける人なれば、こゝに、うまのつゞみうつころ(正午)つきて、あなひさ(久し)とて、かたりてくれたり。

 

廿七日 あすのためよからんとて、日はしたながら、ひるよりこゝを出たつ。
みち行友の云、かたはあしこと手をさして、晴山(和賀郡東和町)とて、女の乳子を負たるすがたの岩の立たる。
此山にいつのぼりても、午より申かけて、かならずなへ(地震)ふりぬ。
いかなるゆへならん、われ、こころみにのぼりしこと、ふたゝびに及ぶなど。
晴山は負(バレ)山ならん、子などをおふことを負(バ)れるとはいふ也。
宮の目といふ村(花巻市)のこなたに渡りたりしは小瀬川、又の名を瀬河といふは戀瀬河となん。

 

   誰れとなくふるさと遠く恋迫川おもひわたれば袖ぬれにけり

 

八幡の神のおましある村(稗貫郡石鳥谷町八幡)をへて、久曾万留(葛丸)川といふを橋よりわたりぬ。
たが、いかにつけし名ならん。
しかはあれど、ふりたる言葉の、こゝろにくし。はた、そのかみの歌に、くそかづらなどよめり、はた葛の葉を、くぞの葉といへるのたぐひいと多しとひとりおもひて、かつ戯歌をつくる。

 

   行水の神ともならでいつの世にくそまる河の名にながれたる

 

此水上は大瀬川といひ、まほなる名には遇瀬河也けりとか。
旅人ふたり、あせに沾れたるたのごひをひたし、
かれひこをあらひ水をむすひたり。

 

   旅人のまた来ぬ秋にあふせ河あつさもなみのゆふ涼して

 

日くれはてて石鳥屋(谷)に宿つきたり。

 

 

 

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