晴耕雨読    趣味と生活の覚書

  1953年秋田県生まれ。趣味は、山、本、音楽、PC、その他。硬化しつつある頭を柔軟にすべく、思いつくことをなんでも書いています。あわせて、江戸時代後期の紀行家菅江真澄の原文テキストを載せていきます。

いわてのやま⑧  菅江真澄テキスト

五日 つとめて相坂をたち、三本木平(タイ)といふひろ野に出て、こしかた行末のはる/″\と見やられて、ひんがしは、さめ、しろがね、いま河、あか、根井、三沢など、南は三戸のやま/\つらなり、遠きたけ/″\くのさかひは雲と霧とこへだてられてしらず。
こは、わがくにのもとのゝはら(本野原)、しなのぢのきちかうがはら(桔梗ヶ原)、遠つあふみの、みかたがはら(三方ガ原)などにたとへつべう。
行かふ人もまれに、朝.つゆふかくわけ来るに、つぶねつれたる法師けぶりうちくゆらせて、休らひてよとて語る。

 

「故郷の人の佛月に見て露わけあかす真野の萱原」

 

とながめたるは、此野良也とてたち別ぬ。
しか、このあたりの人のもはらいへれど、尋ね見たりし牡鹿郡石巻の港ベなる、零羊埼(ひつじざき)のかん籬のほとりに在りける舎那山長谷寺といふ寺の池の面に、片葉の葦とてありけるは、むかしのしるべばかり残りたる処とは、いづれいづれとも、えおもひわいだめず。

 

   いづこともおもひまどひてしら菅のまのゝかやはらわきてさだめん

 

七戸といふ里にいたる。
西にいなきあり、その名を槲木(かしわぎ)といふ。
そのしりなる鶴の子平(タヒ)といふところありて、きさらぎ斗、のこんの雪のやゝ氷たるをふみて山に雪舟(ソリ)ひき、春木こるとてわけ行、そのかへさは、そりひき捨て、もゝあまりの人むれ立休らふに、春風いさゝかもなう長閑なれば、夕日さしかげろふをりしも、三本樹平のあたりに、人のたけよりはいと高う、ふたつらに立て、幡ある?などの見えたることもあり。
これを狐の柵をふるといふ。
きつねは人のかげをかりて、かく戯れ遊ぶ。
ことしも五度見きなど里人の語るは、山市てふものにや。
和賀の郡の后後埜(後藤野)のあたりにて、師走より、むつきに至るまで山市あり、これをきつねの館(タテ)といふ。
越の海に海市あり、狐の森といふにひとし。
はた、枯杉よりはこなたならん影沼平(タヒ)といふところありて、春雪うち霞たるを遠う見やれば、行かふ人、引かふ駒などの波をかいわくるかと迷ふも、蜃気楼、気見城のたぐひにこそあらめ。
かくて馬やとひのりて中野を行て、ひんがしに沼の見えたり。
むかし都のはらからの女、いかゞしたりけんしづみたりけるとなん。
あねがこがら、いもとがこがらといふ、又の名を小荒沼といふ。
坪(上北郡天間林村)といふ邑に来る。
つぼ河かちわたりして石ふみやいづこにかととへば、石文村へいきてたづねよといふ。
さらばとて馬を野はらに引やらせて至れば、家二、おちくぼなるところにありてけるに、とび入てとへど、碑ありたるはいづことも、その、ありつる址だにしらじとて笠縫ぬ。
日のもやゝかたぶくころ、千曳明神(上北郡東北町)のおましませる尾山とかいふにわけ入ば、千曳大明神の?栖の額は、盛岡の東皐文真といふ人の手也とか。
ひろ前に至てぬさとり奉る。
この社の下に、千曳の石は千重のあらごもにつゝみて、ふかく埋て神とはいはひ奉る。
その千引の石や、壺の碑ならんと人のいへり。

 

   くりかへしいのるこゝろ綱手縄おもきちびきの神もうけひけ

 

宮城郡浮嶋邑のさかひにたてるいしぶみ多賀城の碑にて、この坪村にか石文村に、まことの碑やありつらんかし。

 

「おもひこそ千島の奥をへだつともえぞかよはさぬ壺のいしぶみ

 

「碑やけふのせばのゝはつ/\に逢見ても猶あかぬ君かな」

 

いしぶみ津軽の遠にありときくえぞ世中をおもひはなれぬ」

 

顕昭、仲実、清輔などの、ながめ給ひしをおもへば、蝦夷がちしまも、毛布の郡も、津刈郡も近くよみ聞えたり。
もとも名所などは、遠きさかひもおもひあはせてよみつべけれど、壺のいしぶみ、外がはま風など、みな、近となりのみながめたる歌のいと多し。
さりけれど碑のすがた見ざれば、何をもて家つとと、見ぬ友がきに語らん。

 

   水くきのあとかきたえてそことしもよみとかれえぬつぼのいしぶみ

 

と、馬の上にてくちずさみ、ふたゝびこゝに来て、ひねもすつばらに尋ねてんと、あしとくをはせくれば、日ははや烏帽子山におちかゝり、清水目(スヅノメ)(東北町)、久田(クンタ)などをへて、みちもさりあへず牛にものつけて追来るが、みな、ときはなちて野がひをせり。
遠う釜臥が嶽(下北半島恐山の主峰)の雲の中にあらはれ、横浜のやかた(上北郡横浜町)にかゝりて田名部のあがた(むつ市)にゆくといふすぢのありと、馬ひきのいふ。

 

   ゆふ月のかげもほのかにみちのくのおくのうら/\浪の遠しま

 

霜松川とかいふを渡て野辺地の港になれば、うまさくれの水に、馬のすねがらふかくふみこみたり、おりてよといふ。

 

「数ならぬ身にしられぬる駒さぐりさのみやおなじあとをふみみん」

 

といふこゝろばへもありし。又、

 

「みちのくの賤が繩手のこまさぐりあやしの月の宿りところや」

 

といふこゝろに猶かなへりと、おかしう宿つきたり。
こゝをも十府の浦と人のいへば、

 

「見し人は十府の浦風音せぬにつれなくすめる秋の夜の月」

 

「むべさへけらしとふのすがこも」

 

と。
ふして砧の聞えたるを、

 

   浪のよる十府のうら風身にぞしむ三府にねもせでころもうつこゑ

 

六日 朝たちづる宿のあるじに、をぶちの牧やいづこならんととへど、さはしらで、左井の港(下北郡佐井村)のこなたに大馬(間)の浦、奥戸(おこつべ)の浦(下北郡大間町)とて大牧ふたつあり、そのあたりにや。此牧の二とせのあら駒を、葉月のころとりてけるなど語れり。
此南部路には九牧十二野といへり。
九牧とは三戸の住谷(スミヤ)の牧、同相内の牧、五戸の木崎のまき、同又重(マタシゲ)のまき、野辺地なる有戸(アリド)のまき、野田の北野のまき、同御崎(ミサキ)のまき、田名部の大馬(オホマ)、同奥戸(オコツヘ)のまき。
十二野とは、この九まきに七戸たちの里馬、八戸のまき、遠野のまきをあはして、十あまり二の、うまきとはなれりとつたへかたらふ。
津軽郡にありといふは枯木平(タヒ)、入内(ニフナイ)、母谷(モウヤ)、滝の沢、津軽坂、おしなべて五牧なりけり。
ある人のいふ、むかしありたりし尾駁の牧は、この、のへぢよりもいと近き、泊の浦(上北郡六カ所村)のほとりにあらんと。
はた、梶原ののりし磨墨は住谷のまきにたち、佐々木ののりたりし生?は七戸よりいで、熊谷がのれる権太栗毛は、一戸の里うまのうちたりし。

 

「みちのくのあら野のまきの駒だにも見るはみられてなれ行ものを」

 

あら野は、小荒沼のきしべより木崎牧といふ、そこにやあらん。秋ぎりの立のゝ牧とよみしは、つがろなる滝の沢てふところと人のいへり。
立野てふ名は、武蔵にもしか聞えたり。

 

「吾妻路の奧の牧なるあら駒をなつくるものは春のわかくさ」

 

などよめるは、こゝらの牧をや、おしなべてもいへらんかし。
秀衡の、ほとけのしろにひかれしといふ、糟部(カスべ)の駿馬とかいたるはあやまれり。
糠(ヌカ)の部(ブ)の郡にて、いまの五七の戸のあたりをさして、いひけんこととこそおもほゆれ。
かくて浜づたひしてくれば、老たるわかき女、むたりなゝたり、馬門(マカト)(野辺地町)なる、いで湯に行たり。
近き明前(ミヤウマヘ)の浦に皈るとて、いたく酔て、

 

「わかいときやア、岨(ヒラ)も大地とあゆみたが、いまは、だいちもひらと見る」

 

とうたへば、又うたひつぎて、

 

「しづ/\と清水(シヅ)もたひらに井戸をほれば、水はわかねでこがね涌く」

 

と、足のほうし(拍子)、手のはうしをとりて、はとわらひ、あぐり子よ、にがつれてこ、乳のませんにと。
科野(信濃)路などにても、女子あまたもてば、末の子をあぐり女郎、おあぐりと名づく。
さりければ、かならず男の子生れくとて、もはらありき。
こゝにても、うめるも/\みな女子なれば、女子にこそあきたれとて、阿栗子とはつくといへり。
安久利は飽たるこゝろにや。
ものゝ盈るをもあくるといへり、あふれたるこゝろならん。
爾賀は五十日子(イガてふことにてやあらん。

女に、子文字つけていふならひ、いにしへぶりの残たり。
馬門のせきのあら垣に入て、野辺地にとり来りたるせき手いたして越えて、つがろぢになりぬ。

 

 

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