晴耕雨読    趣味と生活の覚書

  1953年秋田県生まれ。趣味は、山、本、音楽、PC、その他。硬化しつつある頭を柔軟にすべく、思いつくことをなんでも書いています。あわせて、江戸時代後期の紀行家菅江真澄の原文テキストを載せていきます。

そとがはまつたひ①  菅江真澄テキスト  

そとがはまつたひ 率土か浜つたひ

 

南部路を過る、いはてやまてふ日記にかいつきて、此冊子を、《そとかはまつたい》とせり。
津軽さかひに入て青盛(森)にいたり、うら/\をへて、うてつの埼より、松前わたるのみちゆきぶりをもはらのせたり。


(天明八年七月六日)かくて狩場沢(東津軽郡平内町)のやかたになりて関手とりつ。
いづこの誰れ、着がへ、わきざしあり、たがかたへさして行べきものにて、此せきぐちをあらため通すとかけり。
ふみてのしろ、はかまのしろとて、いさゝかのあし(銭)おきて、このとひまろ(問丸)があないして、せき手わたして越ゆ。
いづこもふりことならず。
村はしに、おはしかた(陽根)なせる石を、ほぐらにひめて祀る。
しかたぐひの、みちのおくにはいと多し。
手酬したるをりしも真上に鷹の羽うつを、行つるゝ友のふりあふぎ見たり。
ゆく/\、

 

   たはなすか秋のかりはの沢水にかけもさしはのみそらとぶなり

 

路いさゝかくれば堀刺川をわたり、口広(以下平内町)、清水(シヅ)川のふた村をへて雷電山といふ額の大鳥居あり。
大同(八〇六?八一〇)のむかしに田村麿、かん(神)ときまつりして、なる神を、こゝに斎ひ給ひたるといひ伝ふ。
その御前の入江などにて、あさり、はまぐりやとらん、そのかひつもの、いと多くみちのへに捨たり。
おなじ林のうちにかんみやどころ見えて、神明の鶏栖(とりい)たてり。
この流江のあなたより浦々のやかたつゞきて、田沢(夏泊半島北端)とかいへるに椿山ふたつまで磯輪に在りて、うづき八日の頃はひし/\と花咲き、そのまさかりは波も紅に寄せ返り、あさ日、ゆふ日の、海にかゞよふひかりのみち/\て、巨勢の春野はいざしらず、世にたぐふかたなきよしをいへり。
そこに神の在して椿明神と申と、こは五瀬(伊勢)の国にもおなじみなの聞えたり。
潮立テ川の橋にたちてしばしは見渡し、小湊に来る。
なべての名を比良奈以(平内)とよべり。
こゝのふる翁の云、むかし、此ところに槻の生ひたるあたりを、錦樹の里といひよし聞つたへて侍る。
さりけれど南部路にもありといへり。
こゝに七不思議のあり、聞たまへや申さん。
一には猫に蚤集(タカラ)ず、ふたつには水虎(カツパ)の人をとらず、みつには玉味贈、汁と煎て泡たゝず、よつには、稗の実ふたつならびてみのり、いつゝには雨そゝぎの音なし。
むつには、なる神とけず、なゝつには男女のかためほそしと、手ををり、ゑまひしかたりて別たり。
この里にせき手をとりて小豆沢、藤沢、山口、中埜(野)といふ山里をへて、土屋の浦(夏泊半島の西岸)の関屋に、せき手あらためて槲木(かしわぎ)峠を下る。
なかむかしの戦ひのときは、一の木戸すへたりしあととて、いとさかしきみち也。
かくて鍵県といふ坂うち越る、木のひともと立るに木の鍵をかけたり。
こは、わが、けさう(懸想)しける人あればその人を心におもひて、いもせむすぶの神をいのりて、もぎ木の枝をかぎとして投やるに、ふと、うちかけたらんものは、おもふおもひのかなふしるしをう。
ふたゝび、みたびなげやれど、えかけざれば、それが願ひのむなしかりけるとなん。
みちのおくにはところ/″\にありて、如もはら人のせり。
岩の上に小石うちあぐるも、おなじためしとか。
かくて浅虫の浦(靑森市)になりて、煤川のへたに馬あらためとて、つがひのえだちの宿あり。

 

   秋たちていくかもあらねどたびごろも袖にすゞしき外がはま風

 

出崎に近う、いくばくか高き岩の立たるを肌赤(裸)島といへり。
その鳥の形したるを?嶋といひ、磯に近う木々ふかく鳥居見えたるは、湯の島とて弁天を祀る。
しうりこといふ貝つものとる女の、しほ声たかく、

 

「名所/\と痣虫(浅虫)は名処、前に湯のしま霞に千鳥、みやこまさりのはだか島」

 

と唄ふ。
出湯のやかたに宿つきたり。
湯は滝の湯、目のゆ、柳のゆ、おほゆ、はだかゆなどのいときよげにわき、はた、軒をつらねたる家々のしりにも、ゆのありてやよけん。
里中に烹坪(ニツボ)とて、ふち/\とにへかへる温湯あり。
この月の末ばかり、そのふの麻刈もて糸釜といふものにて、いづこにてもむしとゝのへれど、この浦ばかり、かゝる、につぼにひたして時の間にむしぬ。
さりければ麻烝といふ名はをのづからなれど、をり/\火のわざはひにあへれば、火にしたがふ文字をいみて、浅虫とは近き世にいへると、老たる長の語り。
こや、ゆげたの数はいくらかあらん、いよのゆげたをたどるこゝちぞしたるといへば、ゆぶねのこゝほど多き処も侍らず、わきて此津軽には湯泉の数のいと多し。
いづこ/\にととへば、しり給つらんか関の湯の沢(南津怪郡碇が関村)、碇が関の湯、大鰐(同郡大鰐町)、蔵館(大鰐町)、嶽(ダケ)(中津軽郡岩木町)、湯谷(ユダン)(岩木町)、切リ明ヶ(南津軽郡平賀町)、酸ケ湯(青森市)、下モ湯(青森市)、温湯(ヌルユ)(黒石市)、板留メ(黒石市)、叶目(カナメ)(黒石市)、沖浦(黒石市)、二升内(ニシヤウナイ)(黒石市)、大河原(黒石市)、田代(青森市)、根子(ネツコ)(東津軽郡平館村)、猿(西津軽郡深浦町)、佐々内(西津軽郡岩崎村)、追良瀬山(深浦町)、しか浅虫にて侍る。
又涌し湯とてもはらあり、川水のさし入ればくみもてたきぬ。
そのところ/″\は、今別のほとりの湯の沢(平館村根岸)、金木の河倉、尾別内(ヲベツナイ)(北津軽郡中里村)のゆ、浪岡のほとりなる本郷(南津軽郡浪岡町)のゆ、戸門(青森市)のゆにて侍るとかたり、いざたまへ、あない申さんとて衣うちふるひ着て、八幡のみやどころの、山のかた岨にありけるにぬさとる。
をがみどのめけるかたに観世音をおきて、くぬちの寺めぐりとて三十三番をうつせり。
こゝなん廿三番にあたれりと。
かけたる札に、

 

「月も日も波間に浮むはだかじまふねに宝をつむこゝちせり」

 

みやつこの、うばそくがもとにしばしはかたらひて、山路のたみたるかたを出くれば、夢宅庵といふもに、薬師ぶちをあがめて湯の神とせり。
ふたゝび浴して、あつさわすれたり。

 

 

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