十日 夜あけはつれど、くらき空は、こしあめのふれば也けり。
雨づたふ軒ばの露の玉くしげふたこの里は明るともなし
日たけて当特がもとより、この雨さうざうしからん、晴間もとめて、とひこなど、ふみにいひをこせければ、さちにをやみたるに、あるじをはじめいざなひて、そのやどに至る。庭の萩真盛なれば、
われもしかこひてやしたふけふこゝに色なる萩の宿をたづねて
あるじまさひとり、返しせり。
咲みちて匂ふその香は萩よりも君が詞の花にぞありける
十一日 因信がやをつとめていづるに、あるじ、又来りてよ、二日三日もとまりがてら、かならず待侍るなどいへるとき、
又いつと契て末を松の葉のふたこの里に三夜とまりなん
けふも小雨そぼふるに、あまづゝみして出たつ。みちのかたはらの家の軒に、男女のかたしろ風にふかれたるは、七月の星に手向しを、そのまゝに、とりもをさめざりけり。慶林寺といふに入て文的上人にまみゆ。上人、むかしよみける歌とて、あまたかいたる冊子を見せ給ふに、
法の師かくる衣のそれならでひろふ詞の玉の数かず
夕ぐれちかう、もとせばの郷に帰りきぬ。
十三日 くれなんころほひ、めのわらは、七日のゆふべにひとしうよそひたち、
「おほ輪にござれ、丸輪にござれ、十五夜さんまのわのごとく」
とうたひ、ささらすり、むれありく。
手ごとに、まつ持出て門火たく。
はた、五尺斗の竹のうれに、たえまつもやしたるけぶり、むらむらとたちむすびあひて、空くらし。
やに入り、たままつりする、あか棚にむかへば、世になき母弟の俤も、しらぬ国までたちそひたまふやと、すゞろになみだおちて、水かけ草をとりてながめたり。
この夕ありとおもへばははき木やそのはらからの俤にたつ
十四日 青松山長興寺に、施餓鬼会をこなひありけるにまうでぬ。
門の左右なる柱に、「入甚原門頓解無生之妙理、登正覚地倶円実相之真如」といへりけるは、もろこしの心越ぜじの、めでたく書給ふ也。
みほとけの前には、「広開甘露門転無上法輪」の幡をはじめ、ななの仏のいろいろはたに、つらやかれたる鬼の朱なるも、みな秋風にふかれ、みまへの接竿の、雨にぬれてひるがへるもたふとげに、汝等鬼神衆、我今施汝供此食徧十方一切鬼共と、みずきやう聞え、かねうちならすをまちて、さしたる小幡われとらんと、老たるわかき、あらがひひこしろひ、みなやり、もとどりはなち、こひぢのかゝりたるかほの、あせぬぐひぬ。
やをら尊師ひとりすゝみ立て、さゝげもののりうごうを、よもに投げたまふをまちまちて、まくり手に小供等ひろふ。
甫無薩怛佗も、ややよみはつれば、みないにき。存者福楽寿無窮といへることを、
世にすむはさちたのしみにながらへてのぶるいのちの限やはある
亡者離苦生安養といふこころを、
なき人はくるしき海をこぎ出て安きみなとに舟とむるらし
十五日 残るあつさにえたえず、近きほとりまで夕すゞみしてんとて、足にまかせて、びはばしも過ぬ。
今しばしとてゆけば、床尾の岳いとくらう、雨雲たちおほふ。
そのあたりは雷を斎ひまつるといふ。
むら雲のへだてにくらき遠方は又もや雨になる神のみね
桔挾が原までいたれば、こがねもちくひねとて、れいの粟のもちひ、おしきにのせていだしぬ。此もちを折句に、
この宿にかりてやいく夜ねもしなんもゝ草ちぐさちらぬ限は
まつほどに、月のさらにもれ出る光も見えねば、いざ、かへりこんとふりあふげば、なる神のみねにまつの火見えたるは、雲間の星とあやまつべう見つゝ帰れば、ようべのごとく、小供おどりの声さはに、とよみ間えたり。
十六日 蘆田村のおく山に、鏡石とてありけるを見に行しかば、その高さ、いつさか斗の黒きいは、かべのごとく、谷なかにつとさし出たり。
石のつらは、うるしぬりたらんがごとに、近づけば人のかたち、木々のすがたも、あらはにうつりたるもあやし。〔天註--山城国金閣寺の北、紙屋河の辺り鏡石あり。石面は水晶のやうにて、影を遷すこと、まことのかゞみのごとし〕
うごきなき例とや見んかヾみ石くもらぬ御代の光うつして
鏡石てふことを折句歌に、
かく斗かげもさだかに見つるかないくばく露やしもにみがきて
二十日 牛伏寺にまうでんとて、犀川をあさとく渡て、
秋もまた朝河わたり衣手のぬれて涼しく野山ゆかなん
桔挾原にいづれば、名にしおふきちかう、をみなへしの盛、おかしう見つつ分れば、此野には石弩あり。
家づとにひろはんなどいひもて、傘松と名いふが、野中にひともとたてり。
これなん、みちふみまよふ人の道しるべとせりけるなど、行友のかたりければ、
里遠きひろ野にまよふ旅人のかさてふ松やさしてたのまん
遠近の山は、もゝヘの濤のよりくるかと、たちへだつる中に、いとするどく、鉾などふりたてたらんがごときを、いら/\が嶽といふ。
此たけは、高さ、はかりもしらず、ゆめのぼりえし人なく、麓は、ちよふる木々そびへたちて、世にたとへつべうかたなしとなん。
雪しろう見ゆるに、戯れてよめる。
白雪のけたずちよふる山伏のすゞのいら/\高くこそ見れ
露いと多く、行そでにこぼれかゝれば、
誰が袖も萩が花すりぬれてけふ露分衣きちかうがはら
熊の井といふ泉、わきながるゝところあり。
よな/\は清き流にをのが身の月やうつさん里のくまの井
内田村のさし入に、食斎堂とて建るに、あみだほとけのおましませり。
こゝにしばしやすらひ、御前に在てひぢ枕に眠り、松風さとふくに夢もいざなはれて、
はかりなき齢をとへば御仏のみまへにこたふ松風の声
虫の声したるとき、いざなひし可臨の句あり。
石仏のうしろに鳴やきりぎりす
荒河を渡り金峯山にのぼる。
前に水すまずつねにながるゝは、山たかう岸くづれゆけば、河水、すめらんことあたはじとなん。
牛伏寺のこなた風天雷天をかたにうつしたるに、赤うし黒うしふしたるかたちを、木にて作りたる堂あり。
此うしのもてはこびし大般若経は、ことさやぐからふねのつみ来るを、いづれの御世にかをさめ給ふとなん。
あるはいふ、紺のそめ紙にこがねの文字なるが、いさゝか斗残たるともいへり。〔天註--御法のこと、前にしるしたれば、ここにはくはしからし〕牛伏寺の観音菩薩にたむけ奉る。
たぐひなき仏の法のたふとざに立もとをらで牛やふしけん
うしぶしのよし河なみはにごるともくまなく水の月やすむらん
牛と共にわれもふさばや萩の原 可臨
ちる柳御堂の軒にまひにけり 同
あるあげまき、金色の石ひろひ来けり。
此河上よりながれ来など、これなん山色てふものにて、かねほりのわざしける人、こがね、しろがねなど、それぞれに見るならひありけるといへり。
此水上に、こがね産るる山やあらん、さりければ金峯山の名もありけるものか。
此かへさは、きちかうがはらにくれたり。