晴耕雨読    趣味と生活の覚書

  1953年秋田県生まれ。趣味は、山、本、音楽、PC、その他。硬化しつつある頭を柔軟にすべく、思いつくことをなんでも書いています。あわせて、江戸時代後期の紀行家菅江真澄の原文テキストを載せていきます。

くめじのはし⑥ 菅江真澄テキスト

久目路乃橋より 秋田県立図書館デジタルアーカイブ 新町といふ里に宿かる。 いまだ日たかければ、とに出てあたり見ありく。 綱曳舟わたし河のむかふ岸辺は、むかし馬場美濃守のこもれる、琵琶城といふ其あと残りぬといふとき、「びはのしろ」てふことを句の…

海を渡る旅

「海外旅行」ということばがある。 日本やイギリスのような、国土のすべてを海で囲まれている島国で、「外国旅行」と同じ意味のことばとして使われているそうだ。 でも、「外国旅行」というのは、なにかしっくりしない。 「海外旅行」の方が、日本人にとって…

くめじのはし⑤ 菅江真澄テキスト

久目路乃橋より 秋田県立図書館デジタルアーカイブ 十五日 あないをたのみて、度安里於登志見に行とて、相道寺村といふにきけり。 近きころ美濃の国より来けりとて、陶つくりがやどもありけるをへて、山路に入て遠近を見れば、さかしき山のみ十重廿重にかく…

あこがれのシルクロード

若い頃の私にとって、シルクロードはあこがれだった。 二十代から三十代の頃である。 何がきっかけだったのか、はっきりは覚えていない。 行ってみたいと、思っていた。 自分が山を登ることをやっていたということが大きかったと思うが、時代がそういう時代…

くめじのはし④ 菅江真澄テキスト

久目路乃橋より 秋田県立図書館デジタルアーカイブ 十二日 よきみちづれのあれば、あはただしう松本を出たつ。 犬飼といふ村に到る。 「鳥の子はまだひなながら立ていぬかひのみゆるやすもりなるらん」 の歌は、束間にちかき浅間の温泉をもはらいふなれど、…

くめじのはし③ 菅江真澄テキスト

来目路乃橋より 秋田県立図書館デジタルアーカイブ この神のことも、とはまほしくて、神司上条権頭なにがしといふ人のもとに尋ねてければ、あるじ、しばしのほどに、とより帰り来てかたりて云、そのいにしへに厩戸皇子、このやまをめでのぼり分おましませし…

くめじのはし② 菅江真澄テキスト

松本につきたり。 牛楯といふ処に、おもしろき滝のありと聞て、見にいかんとて清水村を通る。 こゝは、 「夏来ればふせやがしたに休らひて清水の里に栖つきにけり」 とは、いにしへ人もながめ給ひし名どころ也。 〔天註--またしらぬ人を恋せば科野なる清水…

スマホという最強ツール

外へ出かける時に、とりあえず確認するのは、サイフとスマホである。 それがあれば、大丈夫である。 スマホがあれば、旅行に出かけても、写真もビデオも撮れる。 デジタルカメラは、持ってるがこの何年も使っていない。 デジタルのビデオカメラは、処分して…

くめじのはし① 菅江真澄テキスト

(序文) 天明四とせ(二七八四)の甲辰の夏、六月三十日旧洗馬村をたちて、越のうしろ洲に行とて、清水の里、桐原のまき、つかまのみゆ、などを見めぐりて、水内の郡に到りて曲橋(この橋を久米路の橋といへり伊那の郡にも同名聞こえたり)を渡りて、この冊…

くめじのはし  菅江真澄テキスト

天明4年6月末、真澄はみちのくをめざして信濃国東筑摩郡洗馬村を出発し、長野を経て上水内郡を通過し、7月末に北国街道から越後に入る。 「くめじのはし」(久米路の橋)は、このあいだの日記である。 日記の序文にあるように、「くめじのはし」という題名は、…

菅江真澄の足跡

菅江真澄は、天明8年(1783年)に、30歳で郷里三河を旅立っている。 そして、それから46年後の文政12年(1829年)に、秋田にてその生涯を終える。 菅江真澄は、その間に多くの著作を残している。 その紀行文、又は日記にはやはり多くの図絵を含んでいて、私たち…

すわのうみ⑨ 菅江真澄テキスト

此月の廿日 沓沢といふ澗かげを行に、 わきて来る人こそなけれくつ沢の水音高し五月雨の頃 小野沢てふ郷の、三村親意がやをとぶらへば、つねにすむやをはなりて、ちいさやかなる庵つくりて、南おもての庭に秋の虫をすすひつべく、まうけしたり。 こゝろにや…

すわのうみ⑧ 菅江真澄テキスト

廿八日 けふも萩原氏がやにせる。 あるじの云、われ遠つおやより持つたへ侍る、後水尾院第八の宮かゝせ給ふとて、扇のかたひらに歌六ツめでたき手にてかき給ひし、まことにかくやなど、あまたあふぎてずんずれば、なみだこぼれて、人々もことばなく、此御う…

すわのうみ⑦ 菅江真澄テキスト

廿五日 やをいづ。 むまやのをさなる根沢なにがしがやに、しばらく尻かたげしてものかたらふに、あが遠つおやは甚平といひてたけきものゝふにてありつる世に、君の御鷹それ行たるをあやいづこまでもと追めぐりて、みのゝ国の山中にていきつきはてゝ、たヾ空…

すわのうみ⑥ 菅江真澄テキスト

十四日 いなの郡にまからんとて、重栄のうしとかねてものして、午一ばかりに床尾をたちて、塩尻の里にいたりて、こゝなる治英がやをとぶらへば、梶原景富あり給ひて、やまとふみよみ給ふといへば、こよひはこゝにあかして、明るあしたわかるゝとて、景富のう…

ナタ漬けといぶりがっこ

私が育った秋田県は、塩分摂取量が多いといわれる。 料理の味付けが特に濃いとも思わない。 やっぱり、漬け物を多く食べるからだろうか。 秋田には、いろんな漬物があるらしい。 あるらしいというのは、秋田でも地域で違ってくるからである。 かつて、秋田か…

すわのうみ⑤ 菅江真澄テキスト

長殿よりは四人めのしもとやらん、山吹の袂なるが、ゆだすきかけて待居給へば、上下きたる男、藤刀といふもの、ちいさき御錦の?より取出して、ぬきはなちてそお長殿にわたす。 長殿とりて、山吹色なるそうぞくしたる祝にわたす。 そのかたなを、柱のうへにお…

日本酒について考えてみた

日本酒のことを考えていると、どうしてもわからない問題が出てくる。 一つ目は、醸造用アルコールを添加するということ。 二つ目は、日本酒についての酒税と値段がどうなっているか。 このようになってるらしいというのはわかるが、なぜそうなってるかがわか…

すわのうみ④ 菅江真澄テキスト

三月六日 けふは酉の日なりければ、須輪の御かんわざにまうでんとて出ぬ。 阿礼の御社を拝み奉りて行に、みかきのはな盛すぐるをかへり見やりて、 今しばしとゞめてあれのみしめなはゆふがひもなき花のはる風 かくて塩尻にくれば、花の木いくもとも立ならび…

「あおり」運転に遭遇した

普通に車を運転していたら、後ろから「ピー」という大きな音が聞こえた。 警笛らしかったので、何があったのだろうと、思った。 主要道路で交通量が多いのに、路肩がほとんどない。 車線自体もかなり狭い上に、対向車線の車も切れない。 それなのに、自転車…

大館 秋田犬 曲げわっぱ きりたんぽ

テレビをつけて、夕食を作っていた。 テレビから「大館」ということばが聞こえたので、急いでテレビの前に行った。 フィギュアスケートのザギトワさんが、秋田犬とたわむれていた。 彼女の愛犬「マサル」の故郷を、訪ねたというニュースだった。 そして、「…

すわのうみ③ 菅江真澄テキスト

廿八日 直堅がやに、洞月上人はなの歌よませ給ふけるを見て、 世中はまだき盛にいとはやも人のことばのはなににほへる としごとの春鶯きたれば、まづ人とりてこにいれなどすれど、此春はおのがまゝにきなくなど、あるじのかたりければ、 雲をこふうらみもあ…

思えば遠くへ来たもんだ

C.W.ニコルさんが、昨年亡くなって1年になるそうだ。 ニコルさんのことは、テレビで見かけるだけだったのであまり知らない。 自然保護の活動をしていて、黒姫山のふもとに住んでいる。 あとは、やさしそうな笑顔と、おだやかな語り口である。 生まれ育った…

「ほめる文化」と「けなす文化」

先日、サンドイッチマンについての文章を書いたときに、「東北には、けなす文化はない」と書いた。 あとになって、ほんとにそれでよかったのか、とちょっと心配になった。 私が、秋田で暮らしていたのは18才までである。 思い込みとか、勘違いがあるんじゃな…

すわのうみ ② 菅江真澄テキスト

甘二日 今井のむらにまかりて、権正兼遠住給ひし昔の跡とて、馬場から堀筑山のかた斗のこれり。 今井四郎兼平も此あたりにて生れ給ひしとなん。 いまは、かねひら明神とあがめ奉る。 それより宝輪寺にまかりて、尊応法印にまみへ奉りぬ。 通夜、うたよみ物語…

ルールと危機管理のこと

日本人は、交通ルールをよく守るとかいうけど、日々生活していると、そうでもないんじゃないか、と思うことが多い。 ルールをよく守るって言ったって、100%というわけじゃない、比較的ということである。 全てにおいてそうだと思うが、物事の実態を考えたら…

山歩き こわかった話

山歩きをしていると、山小屋に泊まることになる。 山小屋といっても、ピンからキリまでいろいろである。 私の経験は、東日本の山に限られる。 北アルプスの山小屋は、場所によっては、個室もあるし、生ビールも飲める。 すばらしい風景を前にして、生ビール…

日本酒は世界で飲まれるようになると思う

先日、日本酒には純米酒とそうではないのがあるということを書いた。 毎日、日本酒を飲んでいるうちに、考えることがあった。 日本酒は、世界で飲まれるようになって、定着する可能性が充分にあるのではないか。 その理由は、日本酒と競合するものが少ないと…

すわのうみ ① 菅江真澄テキスト

睦月十五日、諏訪のみやしろの筒粥の御かんわざにもうでんとて、丑のくだちにおきて出行。 かくて、汐尻に来けり。 大なる木の高きを、道中に立たり。 そがうれには、いろ/\の紙もてしできりかけ、しろ紅のはちじやう紙に、はたがみの小帒そへて付たり。 …

すわのうみ  菅江真澄テキスト

天明4年(1784年)1月から5月までの日記である。 菅江真澄は、前年天明3年2月末に故郷三河を出発し、信濃国に入り東筑摩郡洗馬村の医師可児永通宅に滞留していた。 天明3年の日記は、「いなのなかにち」と「わかこころ」におさめられている。 この年も、引き続…