十六日 あるじ行徳の云、みちのこゝろは露も思ひはなれずよなど、まめやがに聞えて、
立帰る雲措は遠く隔ともこゝろを渡せ天のうきはし
寄るなみのたち帰るも絶ずたゞ三河の水の音信てまし
となんありける、ふたくさの返し。
雲井路をたちへだつとも忘れずよかけて通はん天のうきはし
けふよりは淵と頼て音づれん三河の水の浅き心に
祐真の、いぎ猿賀の神のおましにまうでて、そこよりよりわかれこんとて、ともに弘前を離れ高碕をくる路に木の皮ぐつおふたる女、蒲はゞきもまぜかけて市にや出る、其ふり、
「ぞうり/\、いたこんごうめせ」
又、
「ゆわうはゞき/\、よきはゞきが候」
と、かいたるふり(七十番歌合)のしたるなど、見る/\いへり。
くつはゞきあきなふ御世の市女笠きつゝ恵の露やうるらん
津軽野辺になれば、
旅衣又もきて見よみちのくのつがろの野辺の萩のさかりを
となん、祐真のたヽずみてよめるにこたふ。
たびごろもたちさりがたくみちのくのつがろの野辺の萩のにしきを
境堰村のあなたの岩のうへに、しばし休らはんといひて舟よりおりて、藤崎の村に、から糸姫のつか有しと聞しを、おろかにも、うかれかたらひて過来しことを悔たり。
岩木山の雲おかしうかゝりたるを見やりて、しばしいこふ。
祐真の云、あの麓のあたりに十腰内といふ村あり。
むがか鬼のうちたる刀を鬼神大輔とて世に九腰ありて、十腰無きといふことを其まゝ村の名にせり。
其処に在て作たるつるぎたちならん。
〔天註‐‐十こしうちたる其一こしは、十腰内村の李木といふ川に、むかし一ふりの太刀はしづみぬれば、そのつるぎ今も、夏のころ行ものゝふち瀬にかげうつれば、とび出て人をつき、身にたつ事神のごとしとておぢおそれ、いつも夏になれば、此川ちかく人なのぞみそといふたか札をたてけるとなん。
ところの人のかたる〕
又十面沢といふあり、岨なる岩を人の顔のごとくに十つくりたるあり、いかなるゆへをしらずとなり。
ゆびさして、ひんがし南にあたりてけるはちとせ山、麓よりいたヾきまで路の見えたるは弥介ながれ(矢捨長根山)、こは人のながれし処か。
いな、さに侍らず、阿部のやから義家のきみにせめられて、おひたる由岐(靱)、夜奈久比(胡簶)を捨てのがれしゆへに名を簶捨といひき。
流とは山の尾、あるは、岨などのごとくよことふをいへり、なだれといふ詞にや。
ところのものはたヾ、やすけながれとのみいひあやまてり。
鶏栖(とりい)の額は深砂大明神とかいたり。
此かんやしろのほとりに鬼の頭埋しよし、処の人のいへり。
義経のぼりの石などいひて人をしへたり。
〔天詩‐‐さるがの社の神に法師とはふりとつかへ奉り、寺をば猿賀山神宮寺といふ。
正月朔より村人らをはじめ精進いもゐして、七日になれば草鬼とて、わらもておにのかたつくりて、かん司弓とりて射けり。共箭あたらざるうちはゆめ魚をくはず、箭中れば、箭立たるまゝにおにを土にうづみけるとなん〕尾上の里(尾上町)といふ名あれば、
月はいかにすむ里の子にことゝはん秋の尾上の夜のあはれは
追子野木(黒石市)の村ちかう浅瀬石(黒石市)のむかひに、くわさんながれ(花山長根)といふあり。
いつの頃ならんか、花山院何がしの君とかやさすらひ給ふが、しばしこゝにおましまして、つれ/″\給ひしより、其名今にとゞまりぬるあとゝぞ。
祐真に別て黒石の里に来つきて、斉藤行索といふぬしのやをとぶらふ。
あるじ、あばれたる宿を、かしこくもとひけるものかなとよろこびて、
月影のもり来る斗あれはてし宿にこととふ人ぞ嬉しき
返し。
軒近くもり来る月の影めでていざ此宿に語あかさん
いさゝかのくもりなう、月のおもしろければ、
望月の空にあはれはとゞめしと見しにことなる十六夜のかげ
十七日 行索のよめる。
逢といへど今朝は奈波の草枕夢も見はてずかへる旅人
旅衣たち別行此あざけくさの枕の露もはらはで
とぞありける返し。
わかれ行袖ぞ露けき一夜だにあかでむすびし夢の余波に
露しづくひがたき歌のたび衣払ひしものを又やぬらさん
なべて糠部のあたりやまがつの男女、しそ、山しそなどいひてかむり、いろ/\にあやさしぬひしたる短き衣きたり、さしこぎといふ也。女三人歌うたひて過るあり、さうか(唱歌)いとおかし。
宝暦の頃(一七五一~六四)毛見武士のまうけに酒さかなとゝのへてけるに、みなゑひしれ、さしなべとりける比女に歌うたへとひたにいへば、女、声たかううちあげて、
「白沢は出風入風あさあらし、下はひへたち実もとらず、ひいてたもれやとのゝけみ(殿の毛見)」
とうたふを聞て、みなあきれて、風情なきことつくり出て歌にしける、をこの女かなとあせしあへるに、さらにおくしたるけしきなく、たゞ、返し/\うたふを老たる士聞て、村の長ひたにうたへしが、いなといひしかど、歌はあめのをしへなれば、此女がうたふにまかせて、みつぎ、かろらかにとりをさめしかば、そのあがたぬしにもほめられ、くにのかみにもほめられて身もたちたりけるとなん。
かゝる女のごとき、歌うたひのはかせにやありけむ。
しら沢(鯵ヶ沢町)は、あか石の村とならびある処也。
野ぞひ(添)、戸河(十川)、ニッ家、みしま、高館、竹鼻(以上黒石市)本合(郷)、吉内、中埜(以上浪岡町)を来る。村すゑの籬の中に、たかやかの萩の白紫にさきまぜたるは、いみじうめづらしければ、たはれうた。
世に誰も是やしらじのから錦比萩が枝にしく色ぞなき
行岳(ナミツカ)(市津軽郡浪岡町)の村に来て日たかけれど、こうじたれば宿つきたり。
むかへ見る影やさはらん雲の浪岡辺の宿の立待の月
このごろ、旅人のこがね、衣などぬすみとりたるぬす人ら、こゝにかくろひ、かしこに居か、夜はしのびて、め子を見てんとてみそかにとひ来り、夜半に出行などさたすれば、このよ、とらへて繩つけんと、手毎におふこ、杈椏(マタフリ)、とがまをふりたて、そがやさがしつれば、まどおしやぶり、にげ出たり。
すは、足音ぞしつるは河よりこちならん、比草の中に在は今こそとり得たれ。
あな、たえがた、あがつらかきやぶりてうせたり。
いまは眼くらみぬ。すまゐに名あるやつなれば力すぐれり、われはをよばじ。
此はたけにかくれおらんと、あはふ(粟生)に身をひそみたるをしらで盗人来かゝりたりけるを、足とらへふせて、またふりとりてうちすへ、くびおさへつるを、人あまた来て縄かけたると語る。
なか/\のさはぎに、いねもつかれねば戯歌作る。
波岡によるのしらたみたちさはぎあなかまともでどよむさとの子