晴耕雨読    趣味と生活の覚書

  1953年秋田県生まれ。趣味は、山、本、音楽、PC、その他。硬化しつつある頭を柔軟にすべく、思いつくことをなんでも書いています。あわせて、江戸時代後期の紀行家菅江真澄の原文テキストを載せていきます。

テレビ

「ガロ」と「ボーイズライフ」 

さいとうたかをさんが亡くなってから、2ヶ月になる。 さまざまな番組で、さいとうさんのことが取り上げられたが、ほとんどは「ゴルゴ13」絡みだったと言っていいかもしれない。 私は、「ゴルゴ13」と並行して、「鬼平犯科帳」も愛読してきた。 捕物関係の主…

クリスマスの約束 小田和正

妻とデパートのお菓子売り場を歩いていたら、もうクリスマス仕様のものが並んでいた。 もう、そういう季節なのだ。 この前まで、テレビではハロウィーンで騒いでいて、それが終わったら七五三だった。 まあ、これからしばらくはクリスマスである。 それで、…

あこがれのシルクロード

若い頃の私にとって、シルクロードはあこがれだった。 二十代から三十代の頃である。 何がきっかけだったのか、はっきりは覚えていない。 行ってみたいと、思っていた。 自分が山を登ることをやっていたということが大きかったと思うが、時代がそういう時代…

「徹子の部屋」とテレビの時代

「徹子の部屋」を、妻と見ていた。 ゲストは、「ヒデとロザンナ」のロザンナさんだった。 「ヒデとロザンナ」といっても、リアルタイムで知ってる人は、かなりの年齢以上になるだろう。 デビューしたのが、1968年だというから、私は中学2年である。 家族で音…

プリキュアとウルトラマン

5歳の孫娘は、今は「プリキュア」というアニメがお気に入りである。 これは、女の子向けアニメのシリーズで、ずいぶんと長く続いているらしい。 いろんなキャラクターが登場するのだが、孫娘がとても気に入っているキャラクターがある。 最近は、好きな色が…

昆虫すごいぜ!

テレビの電源を入れたら、「昆虫すごいぜ」という番組だった。 香川照之さんが、進行する昆虫研究の番組だった。 香川さんは、カマキリのかぶりものをかぶっていた。 昆虫研究というよりも、昆虫オタクの香川さんによる昆虫採集の番組らしかった。 以前にも…

考えることはいろいろある

一昨日が、コロナワクチンの二回目接種だったので、昨日は出かけず静かにしていた。 徒歩3、4分の病院で、とても手際良く待機の時間を入れても、出かけてから1時間くらいで帰宅できた。 発熱やだるさなど、副作用というようなものはまったくなかった。 一回…

ロックの時代⑩ 太陽のあたる場所

「リズム・アンド・ブルース」といわれていた黒人音楽が、いつからか「ソウル・ミュージック」と呼ばれるようになっていた。 「ソウル・トレイン」というアメリカの音楽番組を、夜遅く放送していたのを見ていたのは学生時代だったと思う。 「ソウル」という…

オリンピック 1940 1964 2020

ほんとに、オリンピックをやるらしい。 あとで、後悔することがないことを、願うしかない。 世の中には、希望的観測というのがあるが、これはあくまで「希望」である。 冷静に予測したようになるのが、現実である。 東京オリンピックというと、私の子ども時…

近眼で乱視なので、眼鏡をかける

眼鏡のフレームの調子がおかしい。 なんとかしないと、いけない。 私は、車の運転には眼鏡が必需品である。 私は、田舎育ちなので、視力は良かった。 視力検査では、いつも1.5だった。 それもそのはず、家の回りは田んぼだし、隣の家まで100メートルくらいあ…

ロックの時代⑥ いとしのマックス

私が、中学生、高校生だった頃に日本にロックがやってきた。 そして、グループサウンズの時代になった みんなが、ヴェンチャーズやビートルズやローリングストーンズのように、エレキギターを弾きたかったのだ。 でも、考えてみたら、フォークの時代でもあっ…

おはよう!こどもショー

いつの時代も、日本の家庭ではテレビは時計がわりになってるのでは、ないだろうか。 我が家でも、一番早起きの私が起きると、まずテレビの電源を入れる。 それから、洗濯機を回し、コーヒーメーカーをセットする。 あとは、テレビに表示されている時刻に従っ…

サンドイッチマンのおもしろさ

私は、サンドイッチマンが好きである。 ときどき、YouTubeで見たりして、妻にそのことを話したりしていた。 妻は、サンドイッチマンが主演で、バスを乗り継いで食べ歩く番組が見ているので、私も見ていた。 似たような番組は他にもあるけれど、サンドイッチ…

「銀座ナウ」という番組があった

学生時代の夕方、「銀座ナウ」という若者向けのテレビ番組があった。 今になって思えば、「銀座ナウ」というタイトルは、なんとも言いようがない。 私の学生時代は、1972年から1976年である。 午後5時から40分くらいだったので、夕方の講義がない時は欠かさ…

どうして英語が話せないのか

どうして英語が苦手なのだろうか。 私を含めて、日本人全体についても同じことだろう。 自分のことを考えてみても、中学校で3年間、高校で3年間、英語を学んでいる。 大学でも、英語は必修単位になってたと思うので、いくつかの科目をやっているはずである。…

花のニッパチ 昭和という時代

私が20歳くらいの頃、「花のニッパチ」ということばがマスコミでよく使われていた。 「ニッパチ」ということばは、もしかすると今でも使われているかもしれないが、「花のニッパチ」というのは使われたのがとても短い期間だったと思う。4、5年くらいかな。…

マンガが描いている世界

妻は、テレビのサスペンスについては、すごい集中力でチェックを欠かさず録画している。 このことは、以前に書いたと思う。 もう一つ、集中力を発揮する対象があって、それがマンガ、コミックである。 毎週、レンタルショップに通っている。 割引で借りられ…

ブラタモリを楽しむ

NHKの「ブラタモリ」という番組で、北海道のサロマ湖を歩いていた。昨年の秋ぐらいに放送されたらしいが、録画したのを見てた。 サロマ湖って、どの辺にあったっけ。 北海道は、湖がいっぱいあるから、わからなくなる。 網走の隣にあるのか。網走湖っていう…

一期一会ということば

西村京太郎さんの「十津川警部シリーズ」を妻と見ていた。 渡瀬恒彦さんと伊東四郎さんのコンビで、ゲストは泉ピン子さんだった。 ということは、再放送である。 十津川警部は、いろんな人がやってるけど、やっぱり渡瀬さんと伊東さんのコンビが、ぴったりだ…

ディズニーランドは夢の国

小学生時代の私が、ディズニーのテレビ番組が好きだったということは、以前このブログで書いた。 その頃は、アメリカ製のテレビ番組を、日本語に吹き替えて放送していた時代だった。 その中の一つが、口髭のウォルト・ディズニーおじさんが登場する「ディズ…

少年ジェットがヒーローだった

「少年ジェット」が、私のヒーローだった。 今でも、なんかのおりに、その名前が出てきてしまう。パスワードを考える時とか。 これを見ていたのは、小学校低学年から中学年のあたりだ。 ヒーローものの時代だった。考えていたら、いっぱい出てきた。 少年ジ…

BabyMetal

BabyMetalを、ご存知だろうか。 私は、2014年に知った。 退職を翌年に控えていた時なので、よく覚えている。 ヤフーニュースを見ていたら、レディ・ガガから、日本のアイドルグループに前座のオファーがあった、という記事があった。 記事は、BabyMetalとい…

北の国から

「大草原の小さな家」をみていた頃、「北の国から」も見ていた。 「北の国から」は、リアルタイムではなく、再放送を録画して見ていた。 友人に、「北の国から」は、とてもいいよ、とすすめられたからだ。 たしかに、おもしろかった。夢中になって見ていた。…

大草原の小さな家

私は、就職してから1年半くらいを我孫子市で、次に柏市で1年半くらいを一人暮らししていた。 我孫子のアパートは、我孫子駅から4、5分の肉屋さんが大家さんだった。平家建てで3部屋あって、それぞれに玄関がある不思議なアパートだった。言ってみれば、長屋…

シャネルズ、キャロル、ダウンタウン・ブギウギバンド、ジャックス

例によって、Youtubeをあれこれ見ていると、シャネルズがでてきた。 ロサンゼルスでのLive at Whisky A Go Go のビデオだ。1981年5月28日となっている。 私は、このライブのレコードアルバムを持っていたので、コンサートの内容は知っていたが映像は見たこと…

テレビの時代

テレビの時代はもう長くないだろうな、と思ったのはずいぶん前のことだが、テレビはそのまんまで続いている。 もちろん、今までのようなテレビという意味である。 インターネットという強力な競争相手が登場しているが、テレビ業界も、テレビ受像機自体も変…

夜行列車

夜行列車に座って、車窓の外を眺めている自分がいる。 高校三年の三学期、大館駅から夜行列車に乗った。 窓の外は、真っ暗だった。 ひとりで、旅行したことなんてなかった。 受験のために、出稼ぎに出てる父がいる横浜に向かった。 父が、とても授業料の安い…

「タァバン」のカレー

久しぶりに「タァバン」のカレーを食べに行った。 私の誕生日ということで「タァバン」にしてくれた。 私だけではなく、家族みんなのお気に入りの店である。子どもたちが、中学とか高校の時からで、もう10年以上通っている。 一度行くとすごく満足感があるの…

地形と住宅開発

私の住む「東葛飾」という千葉県北西部は、江戸川と利根川に挟まれた地域である。この辺を、車で走るようになって思ったのは、アップダウンが多いということだ。高台があってもそれほど続かず、低地になってまたすぐに高台になる。 私は、そういう地形を見た…

夜のピクニック

10年以上も前のことだ。「夜のピクニック」という映画の広告を見ていたら、なんだこれは、俺らも同じようなことをやってたよ、と思った。高校時代の夜の強歩大会だ。 調べてみたら、監督は、長澤雅彦1965年生まれだった。年齢はひと回り下だったけど、…