晴耕雨読    趣味と生活の覚書

  1953年秋田県生まれ。趣味は、山、本、音楽、PC、その他。硬化しつつある頭を柔軟にすべく、思いつくことをなんでも書いています。あわせて、江戸時代後期の紀行家菅江真澄の原文テキストを載せていきます。

いなのなかみち   菅江真澄テキスト

天明3年2月末、真澄は故郷を出発し信濃国伊那郡に入った。これは、信濃で年末まで過ごした日記である。このあいだに真澄は、5月24日に東筑摩郡洗馬村で宗福寺洞月上人に再会し、医者可児永通を紹介され滞留することになり、付近を巡遊した。

本文には、三河を出て美濃国をとおり信濃国に入るまでの日記もあったが、「しら波にうちとられたればすべなし」となっており川を渡る際に流失したものと思われる。

真澄の自筆本の表紙には、「委寧能中道」と書かれている。

この年の8月13日から19日までは、姥捨山の名月を眺めるために出かけており、「わかこころ」として、別冊になっている。

この日記は、長期間のため全集でも40ページを超える長編である。10回に分けて登載しようと思う。