さらしなの月おもふとてしるべなきやみにぞたどる野辺のなかみち
ある人、むしも、あかつきは声うちよわるかなど聞きつゝいふに
夜とともにてる月影を霜と見て虫の声なづむ明くらの空
山の端ひき離るゝよこ雲のけしき、面白さ、ものに似ず。
萩薄かいわけ、あさ露にぬれて、きちかうが原をゆく。
身におはぬ色とや見なん秋萩のにしきにまじる旅の衣手
それよりも、がれよりもなど、花折、ものいひかはして、
さらしなの月のことのみかたりもてゆけば心のくまものこらず
ひんがしの高き山を鉢伏といふに、雲のかゝりたれば、たはれて、
ほかはみな吹はらひても秋風に雲ぞ集る蜂ふせの山
とく、野村といふところにつきぬ。
あさいする男女、戸をおし明てさしのぞき、あるは水くみありく。
軒近きのべのむら萩露深くおき出て見んやごと/\に
あなたに茂りあひたる森のあなたは、村居といふとなん。
秋風の吹もさそはで山かげに雲のむらゐの里ぞなみたつ
ちいさき河に渡したるを不二橋といへり。
此あたりより不尽の見えけるにや、いがゞ。けふは雲ふかければ、
はしの名のふじこそ見えねくもる日はそこと心をかけて渡りぬ
平田をさくれば、塘のうへに、大なる柳いくもとも立るが風にちりくを、ちる柳の風情ことにおかしと、人のたゝずみぬ。
秋風のざそへる露の玉柳ちるもしづけし御世のひかりに
うるし桶、になふたる男あまた行けり。
時もいま世のあき人のはこぶらし市にうるしのところせきまで
松本の里になりて、
いつの世に植てちとせを松本の栄え久しき色をこそみれ
行ほどなう雞栖のありけるは、岡田のかんやしんとてあり。
こは、式内のおほん神と申たいまつれば、
賢木葉にむすびし玉と見てしかな露を岡田の神のみづかき
こゝの関屋をこゆとて、
夜な/\の月のうさぎはとゞめえず御世を守りの関のくいぬき
あださかをのぼれば身にあせし、暑さにえたえで、
峰遠み麓をたどる旅人の身にあだ阪ぞあゆみくるしき
みちは、たぐなはのやうにめぐり/\て、おりのぼりて、はる/\と行すゑながし。
ふかき谷をへだてて、いかめしきいはほのたてるを、猿飛の岩といへり。
げにやあらん、むれさるの木のみにあさり、梢をつたふ。
そびへたついはほの末をとぶといふ馴しましらの身さへあやうき
苅谷原といふところに鴈の鳴けれど、つらは見えざれば、
声斗そこともしらぬはつかりやはらはで霧の中に行らん
桐光寺といへる寺の前に、たか札さしたるを見れば、くにはいづこの、たれともしらぬ、としは三十あまりなりける女の、この葉月の四日、草の上にふし死にしたるを、こゝに埋みおきぬ。
五六にてやあらん、ちご、ひとり残したりとかいつけたるをよんで、なみだ、ながさゞる人はなかりけり。
ふる里の草にはおかでたつきだにしらぬ山路の露と消えぬる
いざない来つる直堅のよめる。
うき旅に消る其身のなみだをやつかの草葉の露とおくらん
会田のうまやに至りて、ゆふべ近ければ宿つきたり。