晴耕雨読    趣味と生活の覚書

  1953年秋田県生まれ。趣味は、山、本、音楽、PC、その他。硬化しつつある頭を柔軟にすべく、思いつくことをなんでも書いています。あわせて、江戸時代後期の紀行家菅江真澄の原文テキストを載せていきます。

すわのうみ⑥ 菅江真澄テキスト

十四日 いなの郡にまからんとて、重栄のうしとかねてものして、午一ばかりに床尾をたちて、塩尻の里にいたりて、こゝなる治英がやをとぶらへば、梶原景富あり給ひて、やまとふみよみ給ふといへば、こよひはこゝにあかして、明るあしたわかるゝとて、景富のうし、十五日。

 

   こゝに来てしきしまのみちかたりあふ友にわかれのなごりおしさよ

 

かゝるかへしのこゝろを、

 

   かたりあふことこそなけれわかれても通ふこゝろは常もへだてじ

 

金井といふ里に水のながるゝを、

 

   玉ほこのしたゝりならめ道のへのかなゐの里に出る流井

 

うたふ坂といふ山路を行に、はなけ石とて、穴ニツあきたる巌の形うしに似たり。

こゝに水ふたかたにながるゝ処を、水のわかれといふ。

あたのさくらみなちりけり。

 

   ちる花の色をも香をもさそひ行水の別も春はものうし

 

北小野の郷なるはづれに、すもゝいたく咲たるが、いまはちりすぎ、谷陰ならんうぐひすの鳴たりけるに、

 

   風にちる花やこふらむうぐひすもものうつるねに声ぞ聞ゆる

 

こよひはこゝにといひて、永田何某がもとにとまる。

小野森のほとりなれ、うちむかふ木々のなかに、糸よき花の咲たる月の影てりて、ほの見えたるなどいとおもしろし。

 

   おほかげのにほひも見えずおのづから花のあたりをもりの月かげ

 

此夕、小野の里にとまる。

又憑の里ともいへり。

明日は伊奈部の駅に罷らんといへり。

 

   草まくらこよひ田面にかりねしてあすはいなべの里にたどらん

 

十六日 頼母の神にまうでて、をがみめぐる。

千枝百枝にて、うつぼ木多く生ひしげりて、いとかう/\゛たる杜の中路をふみわけて行ば、いろ/\の薬あり。

小野の御社の前には、世にことなる鐘をかけて、大壇那諏方四郎神勝頼と書付給へり。

八彦明神のをがみ処、きよらかにたくみなしたり。

めもあやなりなどいひつゝ、ぬさをさゝげていづる。

夫木の歌に、

 

   しなのなるいなの郡とおもふにぞたれかたのめの里といふらん

 

この杜は、此国の二宮とあがめ奉る。

高橋といへるちいざき棚橋のこなたに、水なき沢のこちを束間郡笹化庄、あちは蕗原庄にて伊奈郡也。

こゝにうたふ神楽歌に、

 

   都まで聞えて久し小野の杜八彦のみやはとひふれの神

 

   日はてると笠きてまひき二宮へ小笹のつゆは雨にまさると

 

けふも此里にとまる。

 

十七日 雨沢といふ村に、桃の木いたく花咲たるを見つゝ過る。

 

   のどけしな雨てふ沢のもゝのはなちよやふるらんいろのことなる

 

渡戸をへて、横川邑宮沢勝美のやにとまる。

むろ尾ははげしき岩むらにて、いろ/\のはなつゝじなど盛なるが、谷河の水にかゞやきたるに、かつくるゝまでうぐひすの声は、かなたこなたにきこえたり。

 

   かげうつすはなよこがはの波きよみ夕ぐれかけて鶯のなく

 

十八日 けふもこゝにてくれぬ。

 

十九日 いざたゝんといへば、ある人あるじもふけして酒もてすゝめ、なによけんとて、かじかといふいをの子をいだしぬ。

戸あくれば、おほたるの嶽よく見えたり。

此山のさま、ふじに似て雪あり。

これをながめつゝくらひて、又酒とりて、かじかの子といふことを、

 

   遠方の雪のながめにこやあじかのこまだらの山のおもかげ

 

わたとをくれば、唐木沢、辰野など河ぎしにあり。

宮城にいたる。

みちの南の山を湯舟といひならはせしは、いにしへ洲羽の神ゆあみ給ひしあとなりと、さとの翁の物語に聞えし。

そがしたに、古城などのあり。

矢嶋氏のもとに、しばしやすらひて、やがて、沢てふ処の桑沢何がしがやにいねたり。

家居のとみな田面なれば蛙の声いとかまびすし。

 

   せき入るゝ門田のつらに鳴蛙よもにみつらし春のさは水

 

やがて例の人々あつまりて、うけひふみなど書てのち、重栄うしやまとふみよみ給ふをきく。

このあたりをば雷のふみとかや、いにしへいづれの世のきみとやらん、御製などおもひいづるまゝしるしぬ。

 

   神代

   むかしよりうけひまさしきしるしにはいかづちこえし桃の木の郷

 

二日三日こゝにありて宿をたつ。

大出のさとにいたりて、正怡がつかにとぶらへば、正道郎宗と書て、かたひらには、

「なにとよをおもひ出るもむかしにてたゞめのまへのわかれなるらん」

かく石ふみにしるしたり。

こは、おはりとりけるころよみけると、あないの人のかたりける。

是をよむもなみだこぼれて、

 

   木のもとに春はむかしのいろもなく根にかへりにし花の俤

 

寺を出て、其子何がしのぬしにいとまごひてわかれぬ。

重栄のうし、外なる人々も松嶋のあたりにて、出あふべしといへば、

 

   何となく行べきかたぞいそがるゝ誰松嶋にありとなけれど

 

木の下につきぬ。

重栄の主の馬見えたるに、なにがしがやに入ていざしばしとていこふ。

こゝを出ぬ。

羽広といふ村見えたり。

此村なる仲仙寺といふ寺に、科野木とて十二もとにわかれたる木あり。

こゝの国十二の郡あれば、これをしなの木といふめり。

此木しなといふ木也。

其皮などをつなにつくりて、馬にものおほせけるときゆふ縄也。

 

   春深み行てつまゝしいたどりのはひろの里に生ひしげるらん

 

塩の井といふ処に、やひとつあるに入てしばしいこふ。

このあたりにながるゝ川を大泉河といふ。

この川上には世にもめづらしき石生れて、人々とりもて文字ゑりつきてあがしるしとす。

やがていなベにいたる。

此すへなる吉川なにがしといふくすしがやにとまる。

 

廿四日夜 人々つどひて通夜囲碁ものしてけるけはひを、夢のこゝちに覚えけるまゝにかきつく。

 

   をのゝえもくだすばかりにむかひゐてかこめる石のあけくれのそら

 

 

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