此月の廿日 沓沢といふ澗かげを行に、
わきて来る人こそなけれくつ沢の水音高し五月雨の頃
小野沢てふ郷の、三村親意がやをとぶらへば、つねにすむやをはなりて、ちいさやかなる庵つくりて、南おもての庭に秋の虫をすすひつべく、まうけしたり。
こゝろにやありけん、荻薄ところせくうへたり。
げにぞげに、たヾうどのすめるさまには、見えじ。
あるじ、西季のまどといふ、いみじきこと書たるふみを、とりいだして見せけるに、
四の時すまゐのまどのすヾしさに月雪花のながめをぞ思ふ
夜ひとよ、なにくれかたるに、人さだまりたるころ、いとほのかに琴かきならす音の、聞えたるやうに覚えて、
つま琴の通ふかみねの松風かいづれしらべのをのさはの郷
廿一日 けふ雨うちしきりたれば、こゝにくれぬ。
廿二日 けふは、このやをいづ。
小坂村なる、元知がところは、なる神といふ山の際にあつまりたる処也といへば、水のさはがしく、山河とよみて聞えたるに、雨雲おほひて、そことも見えねば、
山河の音もはるかになる神は雲にへだつるおもひのみして
かつ、その処にいたるに、あるじよめる。
山深みすむともしらぬ柴の戸にとぶらふ人ぞさすがうれしき
返し。
山ふかみ尋ねしかひもあり明のふもとの郷にかたり暮しつ
甘三日 われもやがて、故郷にゆかまく思ふといへば元知。
枚郷の空なつかしみかへるともとしを経ずして又もとへかし
此こたへに、
故郷の空なつかしみ旅衣たちかへるとも又やきなまし
などいひて、わかれぬ。
小坂、大池の村、あはひなる清水寺に、むかし見し聖のおはしければ、いで、こたびもとてのぼりぬ。
里より麓なれば、人の軒よりのぼるに、みちは一里もやあらん。
いと高き山也。
やがて雨ふり出て、きしかた行さきも、しら雲立おほひて、いといぶせくたどる。
谷はいくへの山をめぐりて、水の落くる音は神うちしきるがごとし。
えならぬ木くさの花咲たるに、うぐひすは春に聞しよりも、あへかに鳴たり。
春に猶まさきのかつら夏かけて匂ひもふかしうぐひすの声
落くる滝に、手あらふとて、袖いたくぬらしぬ。
旅衣ふたゝびこゝにきよ水のながれにひたす袖のすゞしさ
かの御寺にまうでて、上人にまみえて、いと久しなどとて、むかしかたり給ふ。
此寺さかへしむかしは、天平のころ人住しより此かたまでおとろえしを、いくたびも/\つくりしと聞えぬ。
をりしも、時鳥こゑたえず鳴めぐるぞおかし。
ほとゝぎすひるもたづねて清水のみづの月影したひてや鳴
上人、武蔵国なる寂好法師書しものありとて見せ給ふ。
五月の頃信濃国大池村の辺なる清水寺の観世音の御前にいたりてぬかづきはべる序に、よみて奉りぬ。
露底軒寂好
時ありてけふ此寺の御仏にのりのえにしをむすぶかしこさ
たのもしな枯たる木にもふたゝびと花を見すべき広き誓は
五月の頃、清水寺にまうでて滝つせの清を見て、
洞月
此山のきしねに落る滝つ波心のちりをすゝぐかしこさ
おろかなるこゝろのやみもはれて行清水山の松のあらしに
郭会を聞て、 洞月
おもふどち聞ぞうれしき大山路にをのが時とや鳴ほとゝぎす
又、 寂好
こゝろある人と友なふ深山路に声なおしみそ山はとゝぎす
又、 洞月
聞捨て帰るもうしや清水の夕の山になくぽとゝぎす
又、 寂好
別路のなごりをそへて郭会こゝにがたらふ夕ぐれの声
山をくだりて、大池の村なる崇福寺にすみ給ふ耕雲禅師にうちものかたらひて、こゝをやがてまかりいづ。
こよひは、景富ぬしのやにとまる。
廿四日 此やに、遠つおやよりもちつたへたる、玉つるぎあり。
つるぎは来くにとし、玉は世になふめでたし。
あかりしやうじおしあけて、もて出たるに、竹、たかうな、杉、檜原など庭のくさ/\゛つゝみたるけしき、さかさまにうつりて、人のつらさし出たるなど、たゞ此たまは、あかがちの大さなるに、くらき処にすへて、はしそくさし出たるが、はたるのをるかとおもふ。
いとうつくしく、かゝるめでたきたからは、世にあらじがし。
草のはの露やほたるにたぐえても此あか玉に似るべくもなし
世々かけて人のこゝろもあら玉のひかりにみがく宿ぞたふとき
人々の物語を聞ば、ふたとせ草もかりをさむるころに、かく雨つゞきて、今は穂の末より、はた麦の萌いづるなど聞うきことのはこれへありて、
時しあり降五月雨もこゝろあれやとしふとむぎのくちなんもうし
あるじ、あま止のいのりはじめ給ふに、
たみ草のうるほふほどはありなまし降ぬもあめのなげきなるらむ
おなじこころを、
景富
八重雲をしなとの風に吹はらへ天てらします御影あふがん
こゝに二夜ありて、尊応上人にみ奉へて、いよなにくれかたりて、やがて故郷にゆかんといへば、上人われは佐久の郡まからんとのたまひて、よみてわれに給ふ。
はなの春月の秋には分てなを思ひぞやらん人のことのは
返しを、
わすれずよ花と月とのまどゐよりわきてしのばん春野のそら
みすゞかる科野の国、つま木こるをの沢の郷なる、美武良のぬしが集たる、四季のまどてふふみあり。
こは春の水の四方の沢辺にみつるより、夏の雲のあやしのたかねに見え、秋の月の光あえかに、冬の松ひとりみねに秀たる、くさ/\゛を書なしたる。
われにももの書てよといふまま、世にたふれたる一ことをもて、この紙をよごしぬ。
四季のまどのぞけぱ梅にほとゝぎす紅葉の朶に雪をこそ見れ
君が手にまかする秋の風なればと口号けんも、げにさることぞかし。
鵲のわたせる橋の翅もてつくりなし、しろき羽のあふぎして、あまたの軍をうちなびかいたる、なか秋の扇と捨られたるたぐひ、月を蔵して懐に入とずんじて、タ顔の花折てことめしたるに、白き扇のいたくこかしたるを、是に置て参ん。
枝もなさけなげなめるをと聞こえぬ。
是を篁吹給ふ夕鳥、五人のひと/\゛女をおもふさみにならしけんも、みな此器のとこにこそあらめ、まして、かしこき人の手にふれなば、なびかぬ草はあらじとぞおもふ。