晴耕雨読    趣味と生活の覚書

  1953年秋田県生まれ。趣味は、山、本、音楽、PC、その他。硬化しつつある頭を柔軟にすべく、思いつくことをなんでも書いています。あわせて、江戸時代後期の紀行家菅江真澄の原文テキストを載せていきます。

昆虫記

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夏の終わりの今頃になると、毎年玄関先にセミコガネムシの死骸がいっぱいころがっている。ひっくり返っているので片付けようと手を延ばすと、突然バタバタと動き出して驚かされる。

低層のこじんまりした集合住宅が何棟かある住宅地で、樹木が多いのだ。鳥や昆虫がとても多い。いろんなセミの鳴き声がにぎやかだ。

立木を見上げると、葉っぱの裏にセミの抜け殻がいっぱい付いている。セミは幼虫として土の中で何年も暮らし、やっと羽化して成虫になって数週間生きる。1-2週間から1か月というからひと夏にもならない。

枯木に産卵された卵は、翌年梅雨のころに孵化し最初の脱皮した後に土の中にもぐり込む。木の根に口吻を差し込み樹液を吸って成長する。その間に、何回か脱皮する。で充分に成長した幼虫は、地上に出て羽化することになるが、地下生活の長さを考えると、地上に出るのは子孫を残すためと言えるかもしれない。たいへんな一生である。

私は、小学生の時にファーブルの「昆虫記」を読んだ。たぶん、「昆虫記」のダイジェスト版のようなものだったと思う。なにしろ、完訳だと、10冊にもなる膨大なものなので。

最初の「フンコロガシ」から、引き込まれるように読んだ気がする。私の育った家は田んぼの真ん中にあり、昆虫だらけだった。昆虫は、友だちとは言えないにしても、とても身近な存在だった。

ただ、農村が変わっていくことを感じることはあった。田んぼの上を、乱舞するように飛びまわっていたホタルがだんだんと数が減っていったのだ。考えてみると、それまで牛や馬を使っての苗代仕事が、耕運機になり、堆肥から化学肥料や化学農薬が使われるようになったことが原因だと思う。田畑は、昆虫には生きにくい環境になっていった。

それが、もうずいぶん昔のことだ。

 

我が家では、ゴキブリが見つかったら大変である。(我が家だけの問題ではないかもしれない)

東京育ちの妻は、(これも東京だけの問題ではないだろう)虫が大嫌いである。

「ゴキブリだって、コオロギの友だちみたいなものなのになあ。」と、思いながらも、もう口にはしない。

他の虫ならば、窓の外に、ホイと離すこともあるが、ゴキブリはそういうわけにはいかない。また戻って来たり、よその家に行っても困るし。

何枚も紙に包んでつぶす。

「ごめんな。ゴキブリに生まれたばっかりになあ。」

どこの母親も虫が苦手ならば、日本に昆虫少年はいなくなってしまうんじゃないか。