十一日 塩尻のうまやに近う、阿礼ノ神社のありけるに、けふなんまうでんとて、ひるつかたまうでしかば、かうがうしく御籬の狗のむくつけげに、すさまじう冬のけしきたつ風に、あられいざなはれて、みてぐらの社の軒うつ音、杉の青葉にこぼれかゝりて、にぎてはらはらと音せり。
霜やたびおけどもさらに杉の葉の色もかはらであれのみやしろ
奉るぬさとちりにし栬葉のつもればやがてはらふ山かぜ
潮尻のあなたに、以の字山といふいたゞきも見えず、雲のいたくかゝりて、くらかりければ、はつ雪やふりこんといふ。
伊の字山みねも麓もかきくれてかゝれる雲や雪気なるらん
十二日 山の紅葉さかりにそめたるを、ひとり、ふたりして見にゆきしかば、幽なる山中にをのうつ音して、又うち枝などあまたとりて、おひ出たる翁あり。
柴人はおしむ心のいろもなくつま木に手折みねのもみぢ葉
十三日 紅葉がりありくに、ほうし車をとどめてと、からうたのこゝろばへをいひて、これなんみほとけに奉らばやとて、いとよくもみづる、はぢ、かへでなど、折かへる法の師にかはりて、
からにしき一むらおらんきさらぎの花よりも猶峰のもみぢ葉
十四日 夜辺、長興寺の前なる杉むらを行ほどに、そら冷しく風吹おこり、さと、うちしぐるゝ音すれど、もりもこざりければあふぎて、
行ほどは袖こそぬれね小夜しぐれ一村風に杉の下路
十五日 蘆の田とていと近き村にある寺の、糸桜とて世にめでたき木の、このごろの風に吹折しなど人のかたるに、
山かぜのつらくも折しいと桜くるとも春のおもひたえなん
廿一日 砂田〔いさごたとよみて式内の御神なり〕のかん社は松本のほとりに在り。
此日御柱のがんわざありけるに、まうでんとていづる。
このをこなひは諏訪のみやしろをはじめ奉り、いづれのかん社にても七とせにひとたび、卯日、酉日にさだめたるかんわざにして、こと国に聞えぬためし也とか。
けふは卯の日にひとりて、此三宮〔砂田の社を、さんの宮といふ〕の御柱は立ける也。
行みちの木草は夜な夜なの霜にくち、ちりのこりたる柞原、山かぜにむらむらと吹いざなはれて、みちふりかくせど、こゝらまうづる人のむれ行をあないに分れば、つかりにたぐふ名の小河ありければ、たはれたる例のながめを、
しがらみにかけつながれてくさり河うかぶ木の葉にさび渡ぬる
雪のふりつもりたるたかねに、雲のきほひか\りたるやま〆ヽ時雨央て、はれみはれずみ、ふきもてゆく空に虹の引わたるかたは、とりはなちがだけとて、つねに鶏のすめればしかいへど、まことの名は有明山といふとなん。
このたけもやがて時雨ぬべう見えたるこそ、
「かたしきの衣手寒く時雨つゝ有明山にかゝるしらくも」
と、後鳥羽院の御ながめに聞え給ひ、
とは、面行法師のながめありけりなど人のかたり行に、返しとへば、其山の麓、細野てふ村より来りけるものとこたふ。
やをらひろ前にいづれば、かの、おし立る柱のたけは五丈七尺にたれるに、大綱、小つな西ところに付て、其綱どもを高き木のうれごとにひきかけて、引あげんもふけをしたり。
まづ此木を伐らんとて七とせのさきつとしより願ひかねとて、釘、がすがびやうのものをうちおきて、みはしらの料とさだめて、杣やまかづらもをのうちもらし、こたびぞ伐て太山をば曳いだしける。
がくてそなへ奉るに、たくみひとり出て、てをのところ/\"にほと/\とあてて、うちきよめてさりぬ。
かしこの木のまたには、あなゝゐたかくゆひあげて、男ふたり、みたり、紅のたのごひをよこはちまきとし、さいはひふり、ほうしとり、この声をはかりつゞみにあはし、綱よつながらあまたしてひけば、したよりは、さすてふものしてさゝげあぐるに、さえわたるかんな月の空に、身にあせしておしたつるを、見る人、そのむかしは、ひくつなきれて人あまた身をあやまち、身まがれるもありたりし。
木の枝やさけん綱やきれなん、いざあなたにうつりいなんと、ことかたにひきはなれむれたつを見て、いな、さることはつゆあらじ。
いちのつなには神ののりておましませば、身のさうじよからぬ人こそしらね、うちとのきよらなるこゝろしては、いさゝかのとがめあらんかはとて、みしろぎもせで、ひとり御柱のよこたふしたにふりあふぎたるは、しれものかなと人ごとにゆびさし、男女、をざなき童をかゝへて、とくにげさりて、こと処に集ふ。
ほどなうおし立てければ、又ひとつの柱もひきあげて、みつながら、ゆめことなうたてたるとき、みなしぞきてけり。
かくて神のみまへに、
うなひめがひろふ落穂も山となる栄を祈れいさごだのみや
をちのみやとて神の御座ありけるに、松の植しを児て戯歌。
ちよかけてはぐゝみ給へをちのみや植し小松のをひさきも見ん
こよひは和田といふ村にやどかりぬ。
やのぬしのいはく、こたびのおんはしらは、よつながら、ことなうたちぬ。
あるとしの御柱は人あやまち侍るゆへ、こんとしにて七とせにあたれど、これをことしぞし侍るは、さるためしよからねば也と、かたらひて更ぬ。夜とともに林のおち葉、霰うちまじり、板ひさしうつ音、風とく、木の枝もをれぬベう聞えたる音に、ねざめしてきけば、あられいよゝをやみもやらぬに、
山かぜのあられさそへばたまくらの夢もくだけて明ぬこの夜は
つとめてこゝをいづるに、水代といふ村の河辺のみちを行に、
うすらひのしたをくゞりて水しろの河瀬の浪の行なやみぬる
雪ふり来て、さしてん行末も見えず、道もまどひつべし。
かれ/\゛にあるかなきかのみち芝の色もかくろふ今朝のはつ雪
霜ふり月朔日 永通がやのちか隣に、けさの雪のながめせんとて、人々まどゐしけるときけど、ここちそこなひて、えしもいかで、ふしながらいひやる。
あとつけて見まくぞほしきあしがきのあなたにつもる雪のことの葉
二日の旦 甲斐、信濃のあはびにありける八箇嶽とて、雪いとしろう見やらるゝをかぞへ立て、戯れうた。
雪つもるたかねはいくつ八がだけこゝに見やるもとをきさかひに
四日 あさとく、田づらのみちに在りて、
苅あげしおくてのくちねうすらひのとづるおちぼにつもるあざじも
十二月十日 よねつかん料に、車やをいとなみつくりけるを見つゝ、ながめたり。
山河の音はさゆれどいとまなみ水車井の露もこほらぬ
十五日 雪いたくふりたりけるあした、ほどちかき、あしの田村なる、わかみや八幡のおほん神にまうでぬ。
このおほん神は、石の雄元をひめて、かくなんまつりたてまつると人のいへば、をはしかたてふことを句ごとのかしらにおきて、
おましさへはつかに埋むしら雪はかみのみまへのたむけなるらん