この神のことも、とはまほしくて、神司上条権頭なにがしといふ人のもとに尋ねてければ、あるじ、しばしのほどに、とより帰り来てかたりて云、そのいにしへに厩戸皇子、このやまをめでのぼり分おましませしに、ひとりの山賤の翁出来りて、くま/\゛残なくおしへ奉るを、いましはいかなるものか、かくぞつばらにしりて、みちびきはせりけるとのたまひ、はた、名はたれとか。
翁の云、
「出雲路や八雲八重垣たちけちてそのうら薄いまは穂屋野に」
とながめたりけり。
こはと、かんつみやのひつぎのみこ聞おどろき給ひて、此やまにおましませる神にてやあらん。
すさのおのみことにてわたらせ給ふらんと、翁にむかひ、ぬかづき給ふとき、おぢは、面影かいけちて、行衛しらざりけるとなん。
薄の社たて初しは、慧日高照山兎川霊端寺とおなじき年に作りき。
はた太子殿といへる処もあり。
その趾は、此神司が居るあたりをいふ。
うまやどの君、みづからの姿を、かたにうつし給ふあり。
それは、ずりやうのくらに、ひめおき給ふとやらん聞つたへ侍る。
此里を薄町とよび、薄河は雄滝の末の流来て、つかまの社のこなたにゆく水也。
こゝをも穂屋野といへど、まことは内田村とか。
この処を今薄町といふも穂家野といふよりつきて、おまします神のみなも、薄とやいふならんなど語るを聞て、ふたゝび山辺の湯あびとのに帰り来て、国仙ぜじに贈る。
別ても吉備の中山かひあらば細谷河の音信てまし
わがあるかたにも、かならずとひ来てなどありて、此ぜじ。
旅衣いつたち出てきびの山莓の莚をはらひまたなん
ひるつかたこゝを出づ。
此処よりは丑寅にあたりて、山おくに御射山といふあり。
この国に、此名ところ/\゛に聞えたるがなかに、須羽の湖の南に、神戸といふ村よりはひんがし、八箇嶽のあたりの原を穂屋野といひて、七月廿七日、すはの御神みかりしたまひたるかん世のふりをまねび、さゝやかの家を造りて、それを薄もてぞふきけるとなん。
そのかりやつくる処を御射山とも、ほや野ともいふ。
「科野なる穂家の芒もうちなびきみかりの野辺を別るもろ人」
など聞えたり。
かくて、松本の里に出て峨月坊が宿をとぶらへば、蔵六といふ額をかけたり。
こは、亀の六ををさむてふこゝろにやあらんとうち見て、
かくるとも人やしるらん亀の尾のうき世にひかぬ心きよさを
といへば、あるじの返しあリ。
かくすとは名のみ斗ぞ亀の尾の引もひかぬも六十ふる身は
五日 つとめて、此城の御主、むさしよりのぼりおましますとて、おほんむかへの人々さはに、あけはてぬよりよそひたつに、ところせきまで、その君をがみ奉らんと、村々里々の男女いりみちて、君のいさおしをよろこびあへり。かくて君いなきに入せ給ふの後、はやちふき神なりて、雨のいたくふりぬ。
あなめでた、日ごろ、あまつ水いのりもとめしかど、其しるしもふらざりけるを、けふ、との入せ給ふをまちて雨ふれるこそ、ひとへに、君のおほんとこにこそあらめやと、みな、ぬかをむしろにすりてよろこびあへり。
かしこしなめぐみになでし民草の栄は君をあふぐにぞしる
海月上人、儀弁上人、定儀、吉尋、吉遐などとぶらはれて、歌よみてくれぬ。
儀弁上人のすめる宝栄寺は、そのかみ、あが国碧海郡苅屋てふ里より、水野なにがしのかみにつかへ奉りて、この科埜の国に来る。
亦定儀も、むかし三河路よりきける遠つおやの、いにしへを語る。
くるれば、にゐみたま祭る家には、高燈籠をいと長き竹、あるは柱をたてて、うれごとにひきあげたるは、星のはやしと見あざむく斗也。
七日 おなじ宿にけふも暮なんとす。
女童、竹のさえだに糸引はへて、さゝやかなる男女のかたしろをつくりて、いくらともなうかけならべたるに、秋風、さと吹なびかいてけり。
なゆたけの葉風に男女郎花なびくやけふの手酬なるらん
このこと、さきの日記にもせしかど、ふたゝび其かたを左にあらはす。
あひにあひて、こよひ庚申にあたれば、
まれに逢夜もぬることは楢の葉のうらみて明ん星合の空
あるじのほうし峨月。
さはりある夜をかこちつつたなばたの逢もかたみに丸ねなるらん
八日 定儀がすめる秀亭てふ庵にとぶらふに、おかしうかこひなせるあし垣のとは、女鳥羽河とて、さかしき山あひよりながれて、いと涼し。
問よればむすばぬ袖もぬるるかと水の音聞宿の涼しさ
いつまでもこゝにあれ、又、砌の竹にながめてなどありしとき、
へだてなく話るも嬉し秀たる宿の呉竹直き友がき
女鳥羽川を渉て、大昌寺といふが、むかしやけたるとて、こたびあらため造るを見るとて、てをのうちたる柱に書つく。
栄行法のためとて幾度も造かへぬる里のおほ寺
九日 この松本の里に近き浅間といふ温泉に、人々といざなはれて、つとめて小柳てふやに到て、出湯のもとにうち集ひける中に、広恵てふ人。
出る湯のくみてこそしれ語あふ人の言葉の花の色香を
といふことをむくひけるに、返し。
花ならぬ言葉を花といづる湯の深き心をそふるうれしさ
十日 蔵六亭に在に広恵。
故郷を恋る夜毎に八橋をわたりやすらん旅の夢路は
かくなんありける返し。
夢うつつおもひぞ渡る八橋にかかる嬉しき人の言の葉
十一日 倉科琴詩のもとへとへば、真砂亭といふ額あり。
亦鶴の画のありけるに、
齢をばここにゆつるのふみならす真砂のやどや幾ちとせへん
くるるより月いとおもしろし。
いにしへの人にものいふおもひして見る文月の月のさやけさ