晴耕雨読    趣味と生活の覚書

  1953年秋田県生まれ。趣味は、山、本、音楽、PC、その他。硬化しつつある頭を柔軟にすべく、思いつくことをなんでも書いています。あわせて、江戸時代後期の紀行家菅江真澄の原文テキストを載せていきます。

セロ弾きのゴーシュ

宮澤賢治全集」を手離した。就職して、はじめて買った全集ものだった。

子育てしてたころ、お風呂に入れて、寝かしつけるのは私の役割だった。布団に入って、読み聞かせをしていた。たいていは、2、3ページで読み切りになっている世界のお話と日本のお話の分厚い本が2冊あって交互に読んでいた。ときどき、宮澤賢治全集もひっぱり出して童話を読むと、けっこう喜んだ。

青空文庫にいっぱい登録されているし、まあいいかということで処分した。

チェロという楽器の音色が好きで良く聴く。たぶん、基本的に低い音が好きなのだ。なので、「セロ弾きのゴーシュ」は、お気に入りだった。これを題材にしたアニメが出た時は、サウンドトラックのレコードを買った。

クラシックを聴く時も、チェロが入った室内楽を選んでしまう。

ボッケリーニとかアルビノーニは、よく聴く。

 

好きなことは一所懸命やるね、と誰かに言われたことがある。

いいかえれば、好きじゃないことは、、、、、、、。

ほんとに、そういう人間だと思う。

好きなことは、ほんとによく覚えてもいるし。

 

小学校五年生でクラブ活動を選ぶ時、文芸クラブを選んだ。

文芸クラブ選ぶくらいだから、本を読むのは好きだったのだろう。

六年生の時、お年玉で旺文社文庫を買った。

十五少年漂流記」「羅生門」「吾輩は猫である

ケネディ」これは中屋なんとかさんが書いた伝記だった。

この選択も、小学生としてはどんなもんか、という気がしないでもない。

それと、ウクレレも買った。

でも、文芸クラブは一年限りで、六年生からは、野球部のマネージャーになった。ぜんぜん、運動系ではなかったのに、担任が顧問だったので、こいつにはこういうことをやらせた方がいい、ということだったのだろう。結局、中学でもやったので、計4年間も野球部にいた。試合の時は、スコアブックをつけるのが役割だった。打率を計算したり、そういうのは好きだったし向いていた。練習では、ユニフォームを着てグローブやバットを持って、一緒にやっていた。

気の利かないマネージャーだったと思う。その頃は、夏の大会前に合宿をやっていた。炊事班長をやっていたが、部員には申し訳なかったかもしれない。

おかげで、野球部にいなかったらできなかったと思われる人間関係をつくれた。負けたり勝ったりの気持ちを共有することができた。優勝候補を破ったこともあったし。

 

高校では、新聞部に入った。

当初はその頃とても興味を持っていたアマチュア無線の関係の部に入るつもりで、部室にも行った。 アマチュア無線は、今で言えばインターネットかな。いや、もっともっとマニアックだったな。

でも、オリエンテーションでの新聞部長の話に感動?して新聞部に変更した。何に感動したかは覚えていない。とにかく、個性的な人だったのは確か。

なんかとりとめのないような、なにかつながってるような気もするな。