晴耕雨読    趣味と生活の覚書

  1953年秋田県生まれ。趣味は、山、本、音楽、PC、その他。硬化しつつある頭を柔軟にすべく、思いつくことをなんでも書いています。あわせて、江戸時代後期の紀行家菅江真澄の原文テキストを載せていきます。

釣り人はすわっている

自転車に乗る人、ランニングする人にとって、手賀沼はかけがえのない場所である。なんと言っても、北柏から湖北まで東西に10kmあまり、信号や踏切などに邪魔されず走ることができる。現在の手賀沼は手賀曙橋が東端となるが、さらにその先には干拓前の手賀沼が手賀川となって残っていて、土手の道を走ったり、歩くことはできる。布佐まで数キロ続いている。こんなところは、なかなかない。

これは、サイクリングコースとランニングコースが指定されている柏市側の南岸の話である。

我孫子市側の北岸は、基本的に歩道なので話は違う。

釣り人にとっては、どうだろうか。私は、釣りをしないのでよくわからないのだが、なかなかいい場所なんじゃないかとは思う。大堀川や大津川などが流れ込んでいる。

私は、自転車やランニングで出かけても、せいぜい、3、4時間くらいのものである。でも、釣り人の方は、きっと1日いるんだろうなと思う。

いつも思うのだが、釣り人はだいたい男である。ほとんどはおじさんである。

おばさんの釣り人は見たことがない。

まあ、考えるまでもないか。たぶん、そんなひまなおばさんはいるはずがない。

 

私の育ったところは、村の真ん中を川が流れていて橋がかかっていた。その橋の下は淵になっていて深さが3、4mあって上から見ても真っ青だった。もっと深かったかも知れない。でも、上流下流がすぐに浅瀬になっていたので、子どものたちの遊び場になっていた。

イワナやヤマメがいたが、誰も釣りはしなかった。

川は、子どもにとっては上から眺めるものではなく、中に入って遊ぶところなので、岩の下を手で探って、手づかみしようとした。もちろん、そう簡単につかむことはできない。

本気で取ろうとする子は、ヤスを使って突いていた。ヤスというのは、モリの先が何本かに分かれているもので、子どもでも扱えるように軽かった。

私は、これを「ヤシ」と覚えていたのだが、正確には「ヤス」だった。

なにしろ、秋田なので「ス」は「シ」に変化することがあるのだ。

川には、何カ所も砂防ダムがあった。なので、通常は魚はダムを遡ることができない。

イワナやヤマメしかいない川に、大雨で増水してダムの上を水が流れると、鯉の滝登りのようにマスが昇ってくる。そうしたら、子どもがの世界では大ニュースだった。

 

そういう事もあってか、釣りをやろうと思ったことがない。

いつくるかわからない当たりを待って、すわってることはできないかもしれない。

 

 

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