廿四日 湯沢にかへる。
比夜、雨風のつれ/″\に人のかたるを聞ば、むかしおるまたぎの句に、
「蕨の折にあびやれ、ばゞもさ」
となんありけるに、らくが、つけたりけるはおかし。
「さうまにしん、くゞつまいれてにてくも(食申)そ」
蕨を折にまからんに、いざたまへといへり。
ばゞもさとは祖母申ならん、さは、いざなふこゝろか。
ばゞもさ、かゝもさといへり。
さうまはさうまい、早売のこゝろに、あたらしきをいふ。
にしんは松前の島なる二月のころとるいを、数の子のおやなり〔こと国にては、かどともはらいへど其島にてはたゞ、にしとのみいふ〕くゞつま〔又あたぶともいふ〕は多きこと、いたく入てなり。くもそは、喰ひもうそうずる也。
またぎとは狩人〔熊、ゐのししなどうちありくを、またぎといふ〕をいひ、らくとは、ゑた(穢多)、皮はぎのわざせるものをいふ。
比国のならひとて、前句といふことにあしさはにいだして、しる、しらぬものしてければ、上手いと多し。
「又けふのけぶりはどこのあはれやら」
といふ句に、
「草かりながら申念仏」
とつけたり。
又
「山高くして谷のふかさよ」
といふに、
「郭公せなかを見せて飛て行」
又あき人と山賤(やまがつ)としたるに、
「大椀にこぼるゝほどに酒もりて」
「蠅おひながら馬のそうだん」
こは、にごりざけをあきなふ家のあぐらに馬口労などありて、袖のうちに手をにぎり、馬のあきなひするこゝろ也と、夜とゝもかたりき。
廿五日 梅のはじめて咲たる枝に、鶯ならん花ふみしだきけるを、近くよりたるにおびやかされて、いづこにかうせり。
花のふたみつ、ふみおとしはにくし。
春雪をはらひ馴たる鶯の羽風にこぼす梅の初花
廿六日 雨すこしふりて空さむく、かくさだまらぬ日を、いつまで待てかいで立てんといふを、ある人聞て、浮雲流水のこゝろもて、いかにふる郷へはいそぎけるぞとゝふに、
雲にたぐふ身はふく風にまかせても心にかゝる故郷の空
とこたへたり。
廿七日 金谷邑(湯沢市)にいきて、ふるあと見ありくに、よし(義)家のいくさをいたし給ふたるとき、比路〔いまは田はたけとなりたり〕にてしばしいこひ給ひて、柳をきり、くゐ(杭)せとして、しらはたのさほゆひそへ給ひたるとて、今しらはたといひ、又箭一すぢ落のこりたりしとて、こゝを全矢といひしよりいまもしかりと、はたつもしの翁かたる。
廿八日 空あたゝかにておもしろければ、近となりの邑岸までうかれ出るに、野火たかくもえあがる。
雉子の声聞えたるは、
「伝へきくいましも袖のぬるゝかな野火けつ雉の羽のしづくに」
此こゝろにやありけん。
ひななどのこもれるかたにやあらんと、なみだおちぬ。
田の面に馬を引ありき、た(田)かへす女を、させ〔馬の口となる女なり〕といひ、馬の尻よ真鍬して押行を、しくはといふ〔尻鍬ならん〕。
山田、ぬまたのかたには大足〔おほあしをおあしといふ〕とて、三尺あまりの板のくつさしてかいならし、かた田は馬にでならし、ひどろ田〔こひじの田なり〕の面に小舟さしめぐらし、そがしりよりは例のしくはしておしならし、こぎ行も、ことなるわざのおもしろくて、
水馴棹さしかへしては幾度も春の山田をめぐるふな人
あぜづたひに、さすどり〔虎杖をいふ〕つむ小供ら、田のゐせきの石ぶし(かじか)とらんとて、はせめぐるを、田の中のさせ、あと口〔田のみな口をいふ〕よごめ〔止るをいふ也〕)たるを、すでにやぶりしなど、いかりの)しる。夕ちかうなれば、やま/\たけ/\野火うつり、遠方の里に火のあやまちなど見えたり。
甘九日 雨にぬれて、花のふたつほころびたるもおかしく。
三十日 雪は山の端に残り、盛なる花も見えず。春の暮行をねたしとおもひて、とに遠方をながめたるを、笠とりたまへ、雨のふり来たるとて、めのれらは、もて来るに、
ぬるゝとも小笠はとらじ春雨のふるさへけふのなごりとおもへば
卯月朔日 雨、かばかりふりて昼晴たり。
神のみむろに榊とるころはひまで、谷陰の雪は星のやうに消え残りて、梅も桜も梢にすくなう、朝霜ふかう空の冴えぬれば、ほだ火のほとりさらで、やま/\をむかふとて、
夏来るれど青葉はいまだ遠山の木の間に残る去年のしら雪
二日 ていけ(天気)よけれど風ひやゝかたれば、おもき衣いくつも/\かさね着て、いつの日にか衣ぬぎてんと、花のかにそめぬ袂なれば、春の余波おもはぬもことはりにこそ。
ぬきさらできならし衣其まゝにまたうらさむく風通ふなり
ある翁の山づとゝて、ほな(よぶすまそう)いはだら(さらしなしようま)、あいぐき(みやまいらくさ)、こゞみ(くさそてつ)、しほで(しおで)、しどけ(もみじがさ)、ふすべ〔せんなうともいひき、わさびのことなり〕もちぐさ〔蒲公英〕聞しらぬ菜いと多く、かこべも、やぶる斗持来るを、とりあへずあつものにしてんとて、細ながれのありけるにおりて、女、比草どもあらふに声おかしう、
「此沢の、ぶなとしどけがものいはゞ、おさこゐたかと聞べもの。
このしほでこへ」
とうたふ。
ぶなも、しどけも、みな草の名、しほでことはやしたるも草の名なり。中垣のあなたに、くすしのこもりに水そゝぐを見れば、くつわからみ〔黄蓍〕こごうのまへたれ〔柴胡〕かぶらぶす〔半夏〕のゝ葉、しのは〔大黄〕菅草の花はいまだ咲ねど、日ぐらしといふめるとぞ。
三日 田のくろにたねまき桜咲たるが、半ばちりはてたるを歌に作りてあれかし、とく/\といへば、
田の面にたね蒔桜ちるとみていひやとひてやいそぐなはしろ
柳田村に行とて、あぜ路をつたふに、女の集まりて種まくを、
あら小田に種まきわたす賤女がまゆにこもれる柳田のさと
行/\、梅、すもゝのはなの夕ばえおもしろし。
四日 風のこゝちにや、がしらいたみて、ふしたる枕がみなる、さうじすこしあけて、とを見やれば、国はいづれならん女、男にいざなはれて行を、水くむめらし、桶を捨て家にはせ入て、あなる女を見よ、かうのけもなし〔まゆげを顔の毛、又かうの毛といふ〕わかぜ聞て、余所国の人はみな、このけそりぬるといへば、女、あな、さたけな〔恥ずかしきとふこと也〕とかるを、あるじ、なにのつりこと〔あらそふことをいふ〕するぞ、日は、たけたろぞといかるを、すは、つくるぞといふ〔なにくれと、はらたちのゝしりてけるを、つくるとはいふ〕。
日くれ行ころ人の身まかりし家にて、つゞみうち、かねうちて、声どよむまでねんぶちをとなふ。
遠近の山の野火は、夜ごとにかゝりたり。