六日 空うらゝかにいとよし。
岩碕(崎)といふ村に行とて、杉沢(湯沢市)とかやいふ村中に、垣ねおしめぐらして黄なる花咲たり。
この花は、むつきのはじめ、いまだ雪のかゝりたる垣ねに匂ふ万作といふ花〔木まんさく、草まんさくとてあり。草万作は福寿草のことなり〕〔天註‐‐まんさくは青葙にて宇末佐久ならんかし〕なり。
此里のことわざに、「まんさくは雪のなかよりいそげども、はなは咲ども実はならぬ」とうたふ。其花の枝をとびめぐるも、よしありげにおかしければ、
住やたれいざとぶらはん鶯も宿とたのまんさく花の陰
いはさき(岩崎)になりて石川氏が家に五六日ありて、山かげの雪もやをら消はてゝければ、いざ野遊びしてんとて、やのめぐりをいさゝかのぼりて、たかだてといふところあり。
石田大膳といふぬしのすみかのあとなり。
承享(文禄)の頃、最上源五郎義光のいくさし給ふにとられてけり。林泉のあと残りてけるを見れば、年ふれ松をからかさといひ、ながるゝ水を皆瀬川といふ。
此河のあなたをば平鹿郡といふ。
雪のむら消たるを磨戸山(平賀郡増田町真人山)といふ。
比山にいにしへ鷹のみつの子をうみてければ、其おや鷹、朝夕比こをはぐくみありくを、鷲つとび来て、さきくらひたり。
こを子鷹やすからずおもひけん、其わし、たゞちにこの三のたかにとられたりけりとか。
こは鳩をかたらひて、わしをくひふしたるともいふものがたりありき。
はた、ふるき歌に、
「出羽なるひらかの三鷹たちかへりおやのためには鷲もとる也」
此こゝろは、其ものがたりを光俊よみ給ひしならんか。
こを、ひたにずして、遠方のたけ/″\を見やりて、
花もいまひらかの山のそれならで木のまにしろき雪のむらぎえ
こなたの霞の上に、鳥海山のそびへたちたる真白のすがたは、ふじ(富士)にたとへつべう見えたり。
又外山のいたゞきに両下(千木)のありける家は、秋のころ鳩をいくつも糸つなぎおけば、あまつ空に行鷹のとびくだりてける。
比鳩は七霞を見通す、まなことき鳥なれば、おぢおそりて尾羽うち叩ておどろきさはぎけるに、ほとほなく鷹のくだりて鳩をつかまんとほりすれば、此鷹、網引かぶせでとらへける、鷹まちのやなりといふ。
春は、やま帰りとてよからぬ鷹なれば、来しともまたじと、なめらかなる苔のむしろに円居してかたる。
夕ぐれの空たど/\しきまでありてかへらんといふに、御寺の西のたかゝらぬ山を、毛なしと呼を聞て戯れ歌。
たれかいつこゝに其名をつけびんや毛なしの山も夕月のかげ
といへば、聞人おとがひをはなち、手をうちてわらふ。
里の中路を来れば、わらぶきのふせるがごときさゝやかの家に、ものゝ音したるを、人たゝずみてきく。
何ならんとおもへば、眼見えたる梓みこの弓をはぢきて、なきたまを、かたはらにあるがごとくいひ、なり行など、たなごころをさすにひとしうかたれば、人々なみだこぼしなくめるに、
梓弓とるにひかれてなきたまのたどりやくらし夕暮の空
と、かく作たれば、いよゝ人なみだおしぬぐひて、やをら家路にかへる。
おぼろならぬ月影に、すぢあきらかなり。
十一日 庚申すとて物かたらヘば、うつばりの鶏かけろと鳴たり。
いざ枕とらんとすれば、なへ(地震)いたくふりぬるとき、人々声をそろへて、万歳楽/\と唱ふ。
このいもゐ(精進)したる人ども、庭の面にむしろしきて西のかたをふしをがみ、ぬか三たびつきてふしぬ。
十二日 まだ冬枯のまゝなる梅の梢に鶯の声おもしろくて、
梅が枝はいろこそみえね鶯の声のみ匂ふ庭の一本
十三日 月のおもしろさに軒ちかくをれば、ひぢまくらにうたゝねしたる女、かしらもたげて、ちやこ/\〔猫をよばふに、ちやこ/\といふ、みちのおくにては、たことよぶ也〕と、猫よぶかとおもひつれば、ふりたる井のひきがへるなるよ。
こをむかしみしかど、あし手などに毛のいたく生ひてけり。
こは、かぶろわらし〔小童をいふ〕へんぐゑ(変化)待らん。
あなおそろし、身の毛いよだちたりとて、おくふかう去ぬ。
十四日 よべより風吹雨頗て、辰の時ばかり、いかづちおちかゝるべう鳴わたり電ひらめきたるに、たんばの木、又しこのへ、しころともいふ〔黄檗の木〕梢に、だを鳥〔鴾をいへり〕の集りたるが、比ひゞきにおどろきて、むら/\とさはぎたり。
十五日 けふは、やさらとひ、てんげともいひて、田の面におりたち、畑うち初る日のいはひとて、家毎にもち飯うすつきたり。
十六日、十七日、十八日、日毎に雨ふれり。
男等耕をるを、こと田、遠の干町などの男、たがひに手して、うまねきて一ところに集ひて、これを、ぼひあげ(追い上げ)とて日なかばにわざをとヾめ、みなやにかへりては四五日もやすらひてけるならはしを、春田うつにはたび/\せりけるとぞ。
十九日 例のごとにふる城のあとに遊びて、がたこの花〔かたくりともいふ旱藕のことなり〕にまじり咲たる童のありけるを、女のわらは、こは里かたこのとつみとりぬ。
すみれ草をさとかたこばなとはいふなり。
おもひしことを、
むかしたれこゝにすみれの跡しるく生ふるを春の形見にぞつむ
男女声のがぎりうちあげて、
「いはざさきたてのみこしの沢かじか、日さへくれゝばこちや/\と」
諷ふによそふ。
長開しなうたひ暮して春の野の浅芽が上にむれるさとの子
さかしきみちをくだりて、小川にそひていづるへたに、こぶし〔莘荑〕の花咲たる梢に風吹わたるをあふぎて、
吹まゝに北の梢のしら露も風にこぶしの匂ふ夕ぐれ
やにかへれば雨ふり出たり。
二十日 よんべより雨ふりをやみなう冴えかへりたれば、埋火のもとさらで暮たり。
廿一日 きのふのごとし。
廿三日 雪のいさゝか降ぬる垣ねに、咲そめ上る花のめづらし。
これを柴桜といひ、又の名を苗代のをりにあひて匂ふとて、たねまきざくらといふ。
此花は甲斐の国の山中にてみたり。
ひがん桜にひとし。鶯の鳴たるを、
しら雪のふるかとみれば芝桜しば/\来鳴軒のうぐひす