廿五日 日乗寺におはしける悲珉上人をとぶらへば、みずきやうをとどめて、いとたうとげに、ねんずつまぐり出むかへるに、れいのよしなしごとに、みどきやうとどめたまひなんもこころうければ、ふたたびといひてこの寺を出て、ちかどなりなる寺の、香玄上人のもとにかいおく。
をこなひにすます心の月ぞともいざしら雲のがかるまぞうき
又、あるじの上人にまひらする歌。
言の葉の光もさぞなあさ夕にみがく心の月もてれらば
といふを聞て、香玄上人とりもあへず、
浅芽生の露にうつるもはづかしな君が心の月の光に
やをら馬禅長といふ、手かく人とかたらひて暮たり。
廿六日 戸隠山にのぼりてんとて善光寺のしりよりわけて、野行山路に入て御歳宮を右に見て、湯福の社といふに鳥居あり。
汐沢といふ処の山、なからばかりのぼれば、いかめしく造れる四阿のありけるは、野遊の人々円居して
「いにしへの七賢き人とらもほりするもの」
はと、酒のみける所となん。
路のかたはらに家二三あるしりより、いと冷やかなる湯のわきづるところあり。
加都良山の麓をゆくに、朝露いとふかし。
風ならでうらみる葛のかづら山分る袂にかかる白露
安楽夜珠といふ処に休らひてよもやもを見れば、遠のやま/\、波か鱗とかさなれり。
大窪といふ処の館に水こひてのみて、いとよけんといへば、やのあるじも童も口をそろへて、この山は水いとよし。
芋井の里はすこしぬるけれど、鳴子清水の外よき水はあらじかし。
またものみね、とすすむ。
中院にまうでぬ。
ここにあがめて思兼命を祭る。
このみまへを左にのぼれば、比丘尼石、観音ぼさちの堂あり。
麓より女、この堂を限にまうでてぞ、みな帰りいにける。
はた宝永の頃、長明といふすけの入にし火定のあととて、石ふみにゑりたる。
児塚といへるところも過て、奥院にまうでんとてみさかのぼれば、いや高きいはほに大なる御社を造そへて、ひろ前に清らをつくしたるは、かしこくも手力雄命のおましますに、亀のすがたの文のある、玉だれのをすのひまこそ見えね、ぬかづきて奉る。
かくれます天の岩戸をひき明し光世にしる神や此神
みほくらの左のしたつかたに、あゆみどののごとく、いはやの上におほひて、うちは、ひめとざしたる、をがみどのあり。
こは九頭竜権現とて、かうべ九ある、たかをかみを祭る。
いはやどといふに下りてまうでぬ。
歯の病ある人は、一期のうち、梨子をくはざるのちかひしていのれば、かならず其験のありといふ。
ふりあふぎ見る高峰を、荒倉といふ。
そこに栖し赤葉といふ妖鬼に余五将軍平維茂卿むかはせ、もみぢたるおもしろき林に幕うちめぐらし、ちりつみし紅葉をかい集め、さすなべにみきあたため、いみじうきようをさかせけるとき、かの妖鬼、はかられ出て、附子かみしなしたる、みきに酔ふしたるをうかがひ、斬たひらげ給ひしところを、いま附子野とてあり、竈段、幕入などいふ名の残り、又志垣村といふ処あり。
紅葉狩のうたひもの語にも、
「志籬の路のさかしきに落来る鹿の声すなり」
とぞ、つくり聞えける。
〔天註--夫木集、仲正。山賤がねらふしがきやしげからんゐまちの月の出よさりする〕
妖鬼むけたひらげ給ひては民やすけん、今は鬼なけんと悦び、そこの名を鬼無里とて、紙漉く村の近となりにならびたり。
荒倉山の名を紅葉山とも、又霧見が嶽ともいひて、千代ふる木々、枝をたれ茂りあひてけれど、杣、山賤らが攀踰るべうことあたはねば、木々は友ずれに朽かれ、うち見やるだにいやくらく、雲霧つねにたえず峰をおほへば、霧見てふ名の、うべもありけるにやあらん。
此山のあたりをも園原といひて木賊いと多く、はた柳草といふもの多し。
岐岨の山のねつづきなれば、しかいへるにや。
維茂の卿むかし鬼むけたひらげ給ひし日は、七月七日八日九日、此三日なれば、今もなが月のその日、顕光寺にて紅葉会とて、千入にもみづる楓の葉をかい集て、たかつき、くぼつきようのものにもりて三日のうち、その鬼のなきたまをとぶらひ給ひ、この行ひはつれば手向し紅葉残りなう作花につつみ、くづりうのいはやどにをさむれば、その赤葉、一夜のまに、越のうしろぐに、尾埼といふあら磯に、いづるといひつたふる也。
このふん月七日のかんわざは柱祭とて、いと高き柱を三もと立て、この柱に、三のかんやしろのみなをたぐえて、立たる、はしらのうれごとに柴をつかねて、火をさとはなちてとくしぞき、これをあふぎ見て、すみやかに火のうつり柴のもえあがるは、いづれの神のおほん柱ぞと見て、其年の田のみ、よしあしの、うらひをなんせりける。
このとしは手力雄命のおほんはしらに、火はやうかかりてかちたまへば、此としのたなつものやよけん。
見たまはば、又此裏山に涌の池といふありて、其ほとりにたちてわく/\と呼ば、朽木の水底にしづみあるが、うごもち、ゆらゆらと涌出る処もあり、あないといきね。
此みかしきやの南にあたりて、晴たる日は不尽のいとよく見ゆるなど、九頭竜の窟に、日ごとに、もの供したひまつる老法師、わらはをいざなひ帰り来て、此山のあらましを話り聞えたり。
かくて中院にまかり帰りて勧修院に入て、あるじのだいとこをとぶらひてんと門に音なひて、
たび衣立こそとまれ言の葉にみがける玉の光見んとて
此ことけいし奉らんかなれどとて、だいとこにかはりて、
尋ねこし玉の光も難波江の藻に埋るる賤の言の葉
といふ歌を、光忠といふ士の作りける。
かくて大とこの返しありけり。
普達。
旅衣はる/\゛来ても足曳の山のかひある言の葉もなし
ふたたびおくりける、光忠。
たびごろも木曾河越えて見る影もなみ/\ならぬ玉の言のは
比叡の山より来て此寺にすめる亮観といふすけ(出家)。
千嶂?煙雨 秋陰帯暮陽 投来衣裏璧 別傍明月光
といふ、しゐんつくりて、又、
ことの葉のひかりならずばいかにして藻くずを玉と人にしられん
と、ふたくさをむくはれたり。