かくて、此寺に近き家に宿つきぬ。
女の童雨ふれ/\といふに、いろはにやあらん、かまけるな、こよひはふりなん、雲のたたずまゐいとよし。
ことかたは、をり/\ふりけれど、此山は水無月十日斗にふりたるまま、小雨だにそぼふらで、ものみなかれうせなんとと(外)に立ていへば、わらは、わがうへたる山桜草、玉すだれもかれ行ぬとて、ちいさき岩のあはひにあるに、水もてそそぎありく。
いく世々といはねに生る玉簾かけて久しき根さしなるらむ
くれ行ば、あるじの翁、くろ木のをまくらとり持ち投出して、そべれといへば、ふしたり。
廿七日 つとめておき出れば、高根のしら雲ふかうかかりて、ひま/\に、岩群のもりあらはれたるは風情こと也。
日の光四方に見づらし明らけくあけ初にけり戸隠の山
けふは御射山祭のいはひとて、紅豆の飯を家ごとにたきて、青箸とて薄、あるは、かやの折はしにてものくひ、神のみまへ、阿伽棚にも尾花をり手向たるは、此国のならはし也。
やを出て、ひのみこのふた桜とて二本ある桜あり。
この樹、春ごとにも花さかねど、としふり名ある木也とて、人のあなひしてをしゆ。
この祠には栲幡千千姫をいはい、宝光院の祠には表晴命をまつり奉るとなん。
鷹ひとつ鳥をかけ落し、よこぎる羽音すさまじ。
こや、けふあへるは、
「苅て葺く穂やの薄の美作山にかまはやぶさや御鷹なるらん」
と、ながめありける歌の如く、鎌鶻といふものにてやあらん。
かまはやぶざは、翅の羽すゑに鎌のごとなるところありて、鳥の頸かいくるとも、又はやぶさの八の、やいがまの、とがまのやうにて、よく鳥をがき切ける一メJjやぶ
ゼピ∵けポのみさやまに、むかしはかならず出て諏訪の神の賛になれば、この名を賛鷹ともいひ、手向丸とも
いひて、かならず逸物のいでくもの也と世にいひつたふる、それにてやあらん。
鷹の名のかまはやぶさは刈てふくほやのめぐりにけふや出らん
飯繩山の麓の原に雨ふり出て、たどる/\そぼぬれて、みちふみ迷ひほそぢに入れば、子ひとつ連れたるあら熊の、高草をけたてて、あが行前をよこぎれてはしり過る。
おそろしさ、たましゐ身を離れたるここちながら、猶その行かたを見やりつつ、
月の輪のかげ見るほどもあら熊のさし入かたは山ふかくして
軍陀利村をいづれば、谷ふかう、おかしく落くる滝あり。
揚屋村をへて、桜といふところあり。
村の名のさくら麻苧を糸によりていとなく衣をらん乙女子
雨いたくふれば、日たかく越といふ里に宿とる。
ぬれたる袖をほしねと人のいへば、
このままにかたしきてねん露雫雨に沾れこしたびの衣手
廿八日 山本晴慎のやをあしたにとぶらひ、あるじとしばしものかたらひて、妻科神社にぬさとり奉らんとて出ぬ。
此かん籬を里人は、妻梨子ともはらいひき。
路のかたはらの井は、戸隠山にて人の語たる、鳴子清水にこそ。
夜な/\は月やすむらんやがて又秋も半になるこ井の水
海なきくにながら、此とは井の水みな鹹しといふ。
社の辺に立たる石を、いやし、をがむ人あり。
いかなる神にてかととへば、いらへて、こは北むきの道陸神とて、ひのもとに、ただ三のおましある其ひとつなりとか。
いはくらになりて、
いもとせの中まもりませと行末を祈やすらん妻科の神
さきの宿に帰りてくれ行ころ、毘義といふ人もとぶらひ来て、夜ひとよ歌よんであけたり。
廿九日 ここを出たつに、
越の海の波路行とも更級の月の頃には立かへり見よ
となん、あるじ晴慎のいへる返し。
こしの梅浪へだつとも立帰り来て更科の月は見なまし
かくて此処を出て風間神社を尋れば、かざま村におましあり。
神代といふ村あり。
ここのかんがきこそ伊豆神社なりけれ。
相之木といふ処の南の森に、鳥居の三ッ立たりける、そこを三輪村とよぶ。
すなはち美和神社にて、粟野神社は横山の郷に近し。
揚ケ松といふ処の山中に到れば、石脳油の涌づるをくむ井、川をへだてて二までならびたり。
このあぶらは、越後路の臭水に凡似たりけるよしをいへり。
かた岨のいと高き処に、不落堂とて、斐陀のたくみらが、一夜のまに柱一もとにて建たるに、薬師ぶちをおき奉るといふ。
伺去といふ村に来てやに入てうちやすらふに、ニッ子のわがもとにはひよりくれば、ものとらせんとすれば、あとさりにさりてなき出ぬ。
母かかへて、わにたるか、死たる兄とはたがひて人めせり。
いまは是ひとり力草とて、めでくつがへしぬ。
名は何といふととへば、砌に小松の生たるを手さしして、それにて侍るといふは、松といふ名にこそ。
戯れて、
門のとの松にたぐえん里の名のしさりてあそぶちごの行末