廿四日 雨ふればあるじの上人、けふはなにくれかたらん、とゞまりてと、せちに聞え給へば出たゝず。
ー湯あみの日なれば、大鼓、なる神の頻がごとくにうちならして、開山禅師の御杖をまつさきによこたえ、手ぬぐひ、香炉など、あまたのすけとり/\゛にもちて、「おんすり/\」といふことを、こゑどよむまでとなへて、ゆあみどのにいりて御杖のもとをそゝぎて、待たる手ぬぐひして、おしぬぐひてかへりぬ。
玄翁ぜじのみかたち、いけるがごとに、とばりあけて人々をがみたり。
あるじの上人すみてける、眠蔵といひてける埋火のもとに、夜ひとよかたりて明たり。
甘五日 靱竜山をくだりて、しばしのほどに吹浦といふ磯やかたにつきて、人のゆきかひしげかりけるを見やりて、
あさまだき汐風さむく吹浦に波かけ衣きぬ人ぞなき
こゝの関屋に入て、さか田よりもていたりしせき手あらためて旅人を通しぬ。
鳥崎のはま、滝の浦をあゆみて女鹿の関になりて、せきての札わたしぬ。
椿のみ生ひしげりたる岩つらのみちにあしさし入て、やをらくだりて三碕阪に至る。
慈覚大師の御堂は、もがさ、はしか、かろらかにまもらせ給ふとて、子のため、むまごのためとて人まうでたりけるが、此みまへにうづくまりぬ。
この御堂のしたには、手ながにとられたる人のかばね、あまたありしかど、いまは岩落かさなりて見えざりけりといふ。
手ながは水のじち(術)もありけるにや、海に入ては行かふ舟とゞめてける。
世におそろしのものなりけりと、かたり伝へ侍る。
坂の半をくだれば慈覚大士(大師)の御足の跡とて、石のおもてに蓮のひらけるかたにひとしと、行人ゆびさしで通りぬ。
柴人二人山より出来て、是たがへて(何にてもあれ手にとることを、たがくとはいへり)とて、あらこに入たるを見れば、やま葡?(葡萄)の実に似たるもの也。
こは、よき歯の薬なりとて市路にうるめる。
味は葡?(葡萄)にひとし。
人のふみあつらへたるまゝ小佐川(秋田県由利郡象潟町小砂川)といふ磯家に至りて、其ふみの名たづねて入れば、しら豆、おしきに盛てさし出しぬ。
これや手かけとて、誰にても入くなる人に、かたはらの煙管、たばこ入、なにゝても手にさはるものをさしいだせば、来けるもの、そが手をいたゞきておきぬ。
いざ立出んといへば、われも汐越にいかんととどめければ、やがてくれたり。
あるじの云、あが生れたる里は、過来給ひつる庄内なる、おこしやすめといふところなりしが、こゝに養れ来しといふ。
つな舟くるところの河あるさとか。
しかり。
いかなるみこしをか、やすめ奉りしところならんかといへば、さならじ、往来のへたにて、いねたるやの扉を叩て、ふねやれ、さしかへれば又ふねよばふこゑの頻りけるまま、人ごとに、おこしやすめずといふつるに、やがて村の名となりけるとかたるに、何ならんうちならしありくは小走といひて、そがくびに、ちいさき板をかけて此村をめぐる。
夜まはりといふものなり。はや亥の時(十時)ちかしといへば枕とる。
廿六日 波風はげしく雨ふれば、おなじ家にくれたり。
あるじの翁、見たまひし沖の飛嶋の尾がみがしま(御積島)には、こがねの竜、巌のつらにわだかまれるは、まさしく其鱗まで作りたらんがごとし。
夏の海ならばいざなひてんに、をりあしく侍る。船みち(九里あまり)いとちかし。
此春行たりしかば大なる鯨八ツ、せをならべてうかび出たるに、こは、ふねかへさんとかぢとゞめて、おほんゑびす、さまたげなせそとたのみしかば、海そこにかくろひたり。
又とど、あざらしなどいふ、うなのけものもとびあがり/\て、あまた比なみぢにすみけるといふに、風ふきおこりたり。
こや、だし〔東風をいふなり〕なり、ひよりよからじ。
だし、山ぢ〔北風なり〕ぢみなみ〔南風なり〕かかる風をなべて浦西とて、四方の空に雲集りてあれ(荒)となりて、舟をあやまつことなり。
かくありては二日二日もよき日あらじ。
しかはあれど空なをりたらば、あすはあゆの風ふかん、いで行給ひてといへり。
夜更て、こは、なる神すといへば、あるじの翁枕がみにふして、くだり穴とて岩にうつぼのありけるに、あら波のうちいるゝ其音にてこそ侍らめと、はなうちならしてけり。
廿七日 風西より吹ば、空よからんとてたつ。
坂ひとつ越てくれば、川袋(象潟町)といふはまをへて関村(象潟町)に至りぬ。
此関むらこそ、いにしへの、うやむやのせき(有耶無耶関)のあとならめ。
三崎山の地獄谷の辺とは、人のいひあやまちたらんか。
小河ふたつ渡りて右の方に岡あり。
小松むらだてる、しらすなごのこだかきところを鳥耶杜といふは、まことに、とや/\鳥のうやむやの関のむかしならんか。
頓面(やがて)、しほこしの浦につく。
まづ蚶潟のはしかばかり見えたるに、
「世中はかくてもへにけり象がたの海士のとまやをわが宿にして」
とずして、やのあはひ、橋のうへなどより、嶋いくつも見えたるはおかしとおもふに、行人、「八十八潟十九社」とうつふ。
由利郡干満珠寺の西なる袖かけ松の辺にゆけば、風の音さはがしく、あられふりて、又時雨で来り、めにあたる島/\みな曇リて、?の色のみうすくてれり。
たゞ風のをやみなくふきて、ここらのしまの梢の紅葉雨よりもふり増り、つりする海士は棹よこたへて、舟とくさしてにげ行など、め(目)しばしもはなたれず。
あま衣にしきにかへて蚶潟の嶋山あらし誘ふもみち葉
又雨しきりてければ、ある磯やかたの軒によるとて、
たび衣ぬれてやこゝに象潟のあまの苫やに笠宿りせん
たゞきさがたの歌の夕ぐれと空うちながめて、比さとにやどりたり。