十日 みちつきたりといふまゝ、ふねにのりて川ひとつ越て、雪のなか路をかいわけ行くば梭はしとて、木を間遠にあみたるに雪のいたくかゝりて、日のてれるに半けち行たるを、見るだにおそろしき谷川のどよみながるるを、人にたすけられて、からうじてわたりぬるに、はしもゆら/\といよゝ身もふるひて、やをら、はしわたり得しとおもふに、又、やぐらなどくだるにひとしうはしごおりて、いきつぎあへず、あせおしねぐふ。
やけ山といふところを越るとて、雪のたかねおりのぼりて行に、あらぬかたに道ふみ入たるは、柴人の、かりそめにかよひしあとならんか、はた旅人のまよひしすぢにや。
あとあまた見えたるを、かれかこれかと、越のなかつ(越中)国より薬あきなふ男二人さきだちて行をあないに、そがしりよりめぐるとて、
まよひこしふみかふあとをしるべにてわけわづらひぬ雪の山路
かんぢきといふものをさしはきて、たか雪の氷たる上を、杣木曳おとす山賊にとへば、この山くだり侍れば、おくにゝて侍る〔秋田の領をいふ詩也〕と、たうとみてこたふ。
そりに、つま木つみてまれに行かふのみ、さらにこと人なし。
又山くだればみちいづこならん、あなたこなたにふみつきたるは、あら熊、ましらなどのけものの、わけたるあとなりけるとか。
はるけき谷そこに人のすみかありけるが、雪のしたになりで、けぶりのみぞ、ほそくたちける。
からくしてわりはてゝければ、路のかたはらの太雪にかくれず、いとたかやかなる柱に、なかばより貫木さし通して、田、はたけのものぬすみとりたらんものは、此はしらにくゝりつくべしとかいつけたり。
こは里/\の口にみなしたり。
ひねもす雪路にこうじて、たむろ沢といふ、家の三ある村にとまりもとむ。
滝の糸など見たらんがごとく垂氷のかゝりたるに、夕月の影さやかにうつろふをあふぎて、ながめたり。
見るかげのさむけくもあるか夜とゝもにたるひに宿る月はすさまじ
十一日 けふもひねもす雪の山路を分てたどる/\、雄勝郡西馬音内の庄、にしものないの里につきぬ。
十二日 雪いやふりたれば、えゆかで暮たり。
十三日 けふはこゝのまちなり〔市たつことを町とはいふ也〕。
鮭のいを、鮭のはらゝ子、なにくれあきなふ棚の上なる、鮭の頭ひとつぬすみとりて、蓑の袖に引きかくしたるを、あるじの女見つけて、どす〔人をのりたる詞。又しら人、こくみのやまうあるを、どすとはいへり。〕ぬす人、ものいだせよ。
いな、しらじ。
いふな、たばこふくとて、やに入たるひまに手さしいだし、とくとりたるを、すき見〔かくろいて、ものゝひまよりのぞくをいふ、透見なり〕しるに、がア〔下摺女などのつねの詞なり〕ぬすみたり。
比代の銭いだせ。
はたらずともやるべし。
はたるとは、せむる也。
かゝるふるきこと葉の残りたるを、此あらがひに今聞たるもおかし。
日くれんとするより風吹おちて、雨は、ゐにゐてふりぬるに、そぎた、くちて、やねあばれたれば、いたくもりて、こなたかなたとをるところもなう、ふすまうつして蓑とりおほい、笹のついまつ〔松のやにを、すゞ竹の葉に巻て、ともし火とせり。是をまつやにといひ、又さゝたいまつといへり〕ともして埋火近うよれば、風あららかにおこりて、やもゆるぎもて行ば、あまたの家より起出て、此風しちまにせんとよばふ声/\せり。
あがみのきたるを見て、あるじの老たる女あきれて、足の具もも笠も、きたまへとわらふ夜あけなんといふころ、しばしと枕とりぬ。
十四日 風おさまりて雪あられふる。
われひとりおき居て、手ならひにたゝう紙にものかきつつ、更たるる家つまに月のさし入たるを、
むら時雨ふり来ぬほどは板ぴさしもりてやこゝに月かげぞさす
此三日四日この宿にありてけるに雪いやふり、ふヾきに、えいでたゝず。
けふのまちにかよはん料にとて、雪俵、又たはらぐつといふものを人毎に作りて、そがなかに足さし入て、たはらの袴きたるがごとに太雪ふみならしありき、ひやこ〔寒きをいふ〕さはら〔虚言せしといふ詞なり。是をさはらとも、又はなたまけるともいふ也〕にはあらじと、いひ捨てやに入て、やがて春は、めばらん柳の枝をさしくべて、落ちりたるふみのやぶれにて、あを鼻おしぬぐふ。
せなあぶり、はらあぶりといふことをして帯ときあたる。
母さし入て、此雪よ、あなさむ。
わらしよ、てうせずと火くべてよ。
柴こ〔何子、かこと、国のならはしにて、子もじ付ていふことつねなり〕もてこと、火のへたのみさらで明たり。
わらしとは童をいへり。
めらしとは、わかき女をいふなり。
十九日 いまだ明ぬより、おぢ、起出よといふ〔弟をおぢといひ、妹ををばといふならはしなりけり〕。
また、と(外)はくらしといへば、けしね〔米をいふ、かしよねならん〕鼠のものせしぞ。
あねは、いづこにふしてけるぞ。
あねとは、あるじのめ(妻)をいへり。
何太郎がかゝ、何子がかゝとゝと、さらにさして名を呼ぶことなし。
夜あけはてゝ雪みちふみしだき、杉の宮(西馬音内の東ニキロ)といふところに至る。
三輪の神をうつし奉るといふ。
まことや、ふるきみやしろとおぼえて、としふる杉むら立り。
里の翁の来て、比御神はいにしへ、やまとの国みわの神垣より、とびてこゝにうつり給ふなど、われしれるかほにかたる。
「戈宮四座〔伝云八千戈神、経津主神、武甕槌神三神也〕一社在於羽州駒形荘杉宮村〔古伝三輪碕邑也〕所祭神一坐三輪大明神同体也、謂之杉宮大神宮、殿猶存有祭日別当云々」
といふことあれば、此みやしろ戈の社(「戈の」を墨で消してある)のひとつにやあらん。
御物川(おもの川といふ〕を渡りて柳田村といふ、さゝやのやのみ多くならびたるに入て、草彅〔いにしへ源よしいゑ公いで羽の国に入給ふのとき、弓もて、のもせの草のつゆなぎはらひしとて、くさなぎと呼給ひしとなん〕なにがしといふ、なさけある翁に宿こへば、雪消なんまでこゝにあれなど、ねもごろにいひてけるをたのみて、けふは暮たり。
かくてこゝにつれ/\゛と明しくらしてけるに、冬ごもりせんために、あしのすだれ、いなごものむしろもて雪垣といふものすとて、やのめぐりをおしかこふに、ほどなうゆきのいたくふりて、このもかのものわいためもなく、たゞ、かく日数雪とゝもにふりつもりて軒もかくれ、ひきゝやねなどは棟もしらず雪のいやたかうかゝりたるを、里の子かいしきといふものを手毎に持て、やのうへの雪をかいおろしたり。
朝夕ふみなれたる三の径もあとなければ、かのたはらはきて、ふみならし/\通ふ。中垣のあなた近となりへいかんにも、雪袴〔ちぐさ色のあさばかまなりしなのぢにて行袴といへり〕といふもの着て、蓑帽子〔みの頭巾なり、又馬のつらといふこと葉なり〕をかづきて行かよひたり。
あな、つらかましない〔かくばかりつよきといふこと葉なり〕ふき〔吹雪をいふなり〕なりけりと、声をふるはして行に、なにたまげる〔おどろくことをたまげるといふ、消魂と書けるにやあらん歟〕よ、いつも冬はかゝるものにこそあらめといふを、しりなる男、こや、くたましない〔又くだまともいひてさまたげあること也〕やつかな、はやいきねと、みの打たゝいて過るを、ゆるさじと戯れていきたり。
たかきやね、木のうれなどより、雪の落ちる音すさまじ。
朝に硯のふたあけてけるを、やの翁が見て、此しが子〔しがとは氷をいふなり〕よ、水のしみて、ふで子〔たゞ筆といふこと葉也〕もとられ侍らじと、埋火の辺に近くさし入て、ものかくかしらつき、いづらを雪とやたどらん。
いづれの日も、人、けふしはじめて入来れば、たゞ、めでたしといひて入ぬるは例のこと也。
わらはおふたる老女あさきぬをかづきて、雪垣のうちにかしらさしいりて、けさははア、がいな風にてはア、わろし。
いゑのわらしが、つれ出よ/\と、はたりしまゝに来しが、はや煙草ふき時也〔巳のときばかり、けぶり吹て休らふ、たばこふきどきといふ〕とていぬ。
たまたま、近き里の、なにがしがやに行とてこゝを出るに、野も田づらも、ひとつの真白に波のより来るやうにゆき吹わたるは、たゞ、海のうへなど行かとおぼふ。
田はたけ、岨、河つらなどを真すぐにいかんには、かんぢき〔又かち木ともいふ〕とて杉のさえだ(小枝)おしわがねて、くつのごとくさしはきたり。其いにしへ、よしいゑ(義家)のうし、あべのやからをせめたまはんとて軍いだし給ふに、俄に大雪のふり来て、路かいけちてちからなければ、兵にあふせて、あたりの杉の枝折らせ、これをおしわがね縄もでつゞりて、さしはきたるに行ことやすし。
かかるときよりいまし世まで、ものし侍るかんぢき也と里人のいへり。
其頃雪時ならず、水無月にふりしとなん。
其いはれは、あべのやからは神宮寺の淵とて、そこなきところにすむ、あやしのいろくず(魚)の子なれば、時しにあらぬ雪ふらせけるじち(術)も待りけると、あやしのものがたりするは、かんじきのはかせとやいはんか。
人のり、よねつみたるなど雪車あまたひくなかに、くすしなどは、とみなるやまひにやいそぐならん、雪のいたくかゝりたる、ものみより〔そりに、こしのごとくつくりのせたり。是をつねの旅籠のごとく作りて、こごそりといひ、又箱そりといふ〕つら、いさゝかいだして、ひかれ行ありさまを見つつ、
「初みゆきふりにけらしなあらち山こしのたび人そりにのるまで」
といふ、ふる歌のこゝろおもひあはせたり。
行かふ人は、めすだれ、又めあてともいひて、うすものをぬかよりおほひかけたり。
こは、眼のやまうなきためなり。