白粉(シロイモ)の、さはにあらねば、近き世には山より白土(シラツチ)を掘り来(キ)て、三四日(ミカヨカ)も前日(サキツヒ)より、花白物(オシロイ)よ/\と肆(イチ)にうりもてありくを買ひ、水に解(トカシ)たくはひおきて是を塗(ヌ)る也。
むくつけヾなる男なンどの、人とさしぐみに物語し居(ヲ)る後(ウシロ)の方より、稚キ童のさしよりて、青(アオキ)月代(カシラ)に、ちひさき白(シロ)の手形(テガタ)つけて逃行を、人みな立かゝり笑ふなンど、また、さらぬだに白粉(シロキモノ)あつ/\と化粧(ケハヒ)、紅(ベニ)かねによそひたる顔に、ゆくりなう花かけられたるは、深雪(ミユキ)のいやつもりたる庭に、今はた小雪の降り添(ソ)ひたるこゝちせられたり。
また前沢ノ駅(ウマヤ)、水沢の里なンどにては、此花かけのさわぎなか/\の事にて、日暮ては、へそべ(釜底墨)とて鍋釜(ナベカマ)のすみをとりて、油に解(トキ)てぬりありく。
男女老若(オユワカキ)のわいだめなう、此墨(スミ)の花かけむとてむれありけば、みな恐(オヂ)て土蔵(ヌリゴメ)なンどに逃げ隠れ音もせで夜を更(フカ)し、あるは夜着(ヨギ)引キかヾふりて病人(ヤマヒト)の真似なンどし、また大キなる蘿蔔(ダイコン)を斜(ハス)に切(ソギ)て、それに大ノ字、正ノ字、十ノ字、一ノ字なンどをおのも/\刻(ヱリ)て、油墨を塗(ヌ)りて、袖にひき隠し持(モテ)ありき、行ずりの男女の額(ヌカ)につき中(アテ)たるを月影にすかし見て、一文字(人モジ)面(ヅラ)よ、こは大文字面(ツラ)なンどいひて笑ふ事也。
此花塗(カク)る若男等は、まづ己(オレ)が面(ツラ)を崑崙奴(クロンボ)の如(ゴト)にぬりありけば、誰(タレ)かれと人しらぬ事となむ。
此こゝろを、
秋に咲八束(ヤツカ)の稲の花かづらかゝるためしをけふにこそ見れ
十六日 いまだ夜ぶかきに童ども起出て、大箕(オホミ)を雪の上ヘにふせて、楉(シモト)のごときものもて此伏セ箕(ミ)をたゝいて、
「早稲鳥(ワセドリ)ほい/\、おく鳥もほいほい、ものをくふ鳥は頭(アタマ)割ッて塩(シホ)せて、遠嶋さへ追て遺(ヤ)れ、遠しまが近からば、蝦夷が嶋さへ追てやれ」
また、前沢ノ駅なンどにてはおなじさまながら、
「猪(ヰノシゝ)鹿(カノシ)勘六殿(ドノ)に追はれて、尻尾(シリヲ)はむつくりほういほい」
とて追ふとなむ。
夜明はてて見れば、炉(ヰロリ)の端の金花猫(ミケネコ)にも花かけ、庭に居(ヲ)る黒犬にも、誰(タ)が花かけしとて笑ふ。
挊鳥らも、けふの午のときをかぎりのゝりとて、雪吹(フブキ)の烈(ハゲシ)さもいとはず貝吹、かね鳴らし、笛吹きいさみ、うちむれありく。
なほ雪ふりて寒し。
玉水の露も音せず空(ソラ)冴て軒の垂氷(タルヒ)の掛ヶそひにけり
十七日 きのふのごとに雪のひねもすふりて、月も仄にてりて、外(ト)は、そこと庭の隈回(クマワ)も見えず。
猶寒し。
心あてにそれかとぞ見る月影の光そへたる庭のしら雪
童(ワラハ)どもの居ならびて、はや寝(ネ)て、明日は田うゑ踊リ見んなンどかたりてふしぬ。
夜更ていと/\寒し。
十八日 あした日照りて、やがて雪のいたくふれり。
田植躍(タウエオドリ)といふもの来(キタ)る。
笛吹キつヾみうち鳴らし、また銭太鼓とて、檜曲(ワケモ)に糸を十文字に引渡し、その糸(イト)に銭(ゼニ)を貫(ツラヌキ)て是をふり、紅布(アカキ)鉢纏(ハチマキ)したるは奴(ヤコ)田植(タウエ)といひ、菅笠着(キ)て女のさませしは早丁女(サオトメ)田植といへり。
やん十郎といふ男竿鳴子(ナルサヲ)を杖(ツエ)につき出テ開ロ(クチビラキ)せり。
それが詞に、
「朳(エンブリ)ずりの藤九郎がまゐりた、大旦那(オホダンナ)」のお田うゑだと御意なさるゝ事だ、前田千莉リ後(ウシロ)田千刈リ、合せて二千刈あるほどの田也。
馬にとりてやどれ/\、大黒、小黒、大夫黒、柑子(コウジ)栗毛に鴨(カモ)糟毛(カスゲ)、躍入(ヲドリコン)で曳込(ヒキコン)で、煉(ネ)れ煉れねっばりと平耕(カケタ)代、五月処女(サヲトメ)にとりては誰(ド)れ/\、太郎が嫁(カゝ)に次郎が妻(カゝ)、橋の下のずいなし〔いしふし、またかじかの事か〕が妻(カゝ)、七月(ナゝツキ)姙身(コバラ)で、腹産(コバラ)は悪阻(ツハク)とも、植(ウエ)てくれまいではあるまいか、さをとめども」
といひをへて、踊るは、みな、田をかいならし田うゝるさまの手つき也。
「うゑれば腰がやめさふら、御暇(オトマ)まfをすぞ田ノ神」
と返し/\うたひ踊(ヲド)る。
そが中に、瓠(ナリヒサゴ)を割(ワリ)て目鼻をゑりて白粉(シロイモノ)塗(ヌリ)て仮面(ヲモテ)として、是をかヾふりたる男も出まじり戯れて躍り、此事はつれば酒飲せ、ものくはせて、銭米(ゼニヨネ)扇など折敷にのせて、けふの祝言(イハヒ)とて田植踊等にくれけり。
十九日 きのふのごとに雪ふりて空冴え、去年にいやまさりて、埋火のもとに筆とるに、筆の末氷がちに暮たり。