天明6年10月から12月までの日記である。
真澄は、天明3年春に、郷里から旅に出発しているので、旅に出て4年目、年齢は32歳になっていると思われる。
現在の岩手県一関市である陸中西磐井郡山ノ目の大槻宅に、滞在していた。
その間に、藤原秀衡の六百回忌が行われていた中尊寺に赴き、その祭事を見ている。
また、胆沢郡前沢や水沢の友人を訪ねたりもしている。
菅江真澄全集巻末の解説によると、大型本で、全11丁、図絵はない。
丁は、表裏2ページのことなので、22ページということである。
表紙には、「雪の胆沢辺」と題字され、その右側に「ゆきのいさわへ」と傍記されてるとのこと。
この作品は、最初の草稿がそのままで、改写された様子がなく残っているらしい。
これもまた、私の郷里秋田県大館市の栗森記念図書館に所蔵されている。
菅江真澄の研究者でもあった民俗学者の柳田国男は、昭和17年(1942年」に研究書「菅江真澄」を刊行している。
その序文で、菅江真澄について最初に文章を書いたのは、大正9年(1920年)であると、述べている。
ということは、その時点で、20年以上にわたる研究の成果だったということである。
「菅江真澄」は、筑摩書房版「柳田国男集」の第3巻に収録されている。
この中に、「菅江真澄の旅」と題する章がある。
これは、菅江真澄の旅日記から、旅の詳細を抜き出し、整理したものである。
旅日記なので、年月日は特定できるし、どのような行動したか、どこに宿泊したかを知ることができる。
それを、順序よく、整理してあるのだ。
これを初めて読んだ時に、研究者というものは、すごいものだと思った。
ここまで、徹底するからこそ、真実に近づけるのだ、と思う。
ほとんど全ての日記について、それを行なっていた。
「ゆきのいさわへ」については、次のとおりである。
天明六(一七八六) 三三歳 雪乃膽澤邊《ゆきのいざはべ》(秋五、南六)
一〇 ・朔 奧州山(ノ)目村(岩手縣西磐井郡)の大槻氏に在り
主人は大槻清雄 一家嘗和歌を能くす
二〇 衣川(膽澤郡)に行く 前澤に宿す 主は某|盛方《もりまさ》
二二 〓岡の村上良知が家に行き宿す
二三 水澤を經て八幡村 畑中某が家に宿す
二四 水澤に出で 某信包を訪ふ 夕になりて某良道が家に宿す
二五 前澤の盛方が家に宿る
二六 同じ地の某正保が家に行く
二七 衣川村を經て山(ノ)目に還る
二八 中尊寺參詣 秀衡六百囘忌展
三〇 前澤に行く
閏一〇・朔 同處某高尚が家に宿す
三 六日入(白山村)の鈴木常雄が家に行く 滯在
一一・ 朔 冬至
三 山居に行き蜂屋氏を訪ふ 更に姉體《あねたい》村の安彦中和の家に行き宿す
一一・ 七 中野(眞城村)の某氏に宿す
八 大雪 姉體村の佐々木氏に行き滯留す
一四 蜂屋氏に行く
一五 姉體に歸る
こうすると、真澄の旅のパターンが見えてくる。
知人宅に、長期で滞留し、いろいろなところへ出かける。
そして、次の目的地と、宿泊させてくれる人を紹介してもらう。
そういうことを、繰り返していたのだと思う。
この長い旅の中で、真澄はいかに多くの人たちに出会ったのだろうか、という思いが湧いてくる。
たとえば、天明6年10月、大槻氏の項に、
「一家嘗和歌を能くす」という文がある。このように、和歌を楽しむという共通の素養を持っていたからこそ、そのようなことが可能だったのだろう。
最近、「柳田国男集」のテキストが収録されているサイトを見つけた。
「私設万葉文庫l」という、万葉集研究書を網羅することを目的としたサイトである。
著作権保護期間を終了した書籍を、電子テキスト化して収録している。
管理者がどのような方なのかは、よくわからない。
しかし、テキストの量は膨大なもので、宝島のようである。
その中に、柳田国男集本巻31巻別巻5巻のうち、総索引である別巻第5巻の除いて、全35巻がすべて、収録されているのだ。
30巻を越える全集を、テキスト化するということは、人間業とは思えない。
私も、菅江真澄全集のテキスト化をしているので、その難しさがわかる。
たった一冊の書籍を、電子テキスト化することが、いかに大変な作業であることか。
「柳田国男集」は、図書館ならば、ほとんどどこの図書館にも所蔵されている。
私も、柏市立図書館本館から、借りたこともある。
でも、貸出は2週間だけなので、せわしない。
ネットで、いつでも見れて、しかもテキスト化されてるので、コピーもできるのは、なんと素晴らしいことだろう。
柳田国男だけではなく、同じく民俗学者の南方熊楠の全集もあるし、なぜか、内村鑑三の全集もある。
歴史学者の津田左右吉の全集や、朝鮮の歴史書「朝鮮実録」もある。
もちろん、万葉集研究書を網羅するのが目的らしいので、江戸時代の国文学者の賀茂真淵や本居宣長などの著作も収録されている。
数えてはいないが、合計すると数百冊分の書籍になると思う。
興味のある方は、訪ねてみる価値は、充分にある。